横須賀走水にある走水神社。日本武尊東征のおり、ここより房総半島へと渡った。その際、一行が暴風に合った。尊の妃である弟橘媛が、自ら海に身を投じて、荒ぶる海を鎮めたという。
さて、自ら身を投じたのか、あるいは渡航中に船が転覆などし、溺死したものか。いずれにしても、尊は無事南房総方面へ向かうことができたようである。南房総には、洲崎神社、安房神社などあり、その先には、香取、鹿島の両神社が連なる。
後日、日本武尊は、弟橘媛への思い断ち難く、「吾妻よ」と嘆いた。この言葉が、「ワガツマ→アズマ」となり、東(アズマ)→東日本の語源になったという。吾妻という名の地名や神社は、日本武尊にちなんだ場所であることが多い。ちなみに対岸の木更津も日本武尊にちなんだ地名であるとされる。
君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき
この神社は、関東から東北へと繋がる導線の丁度分岐点のような場所に思える。
東京湾には、史実上は大きな津波の被害がないとされている。だからと言って津波は来ないという確証にはなるまい。
東京湾の守護神であろう弟橘媛の御霊に、東京湾の安穏を祈る。
この神社を初めて訪れたのはもう20年以上前になる。その頃は、近隣の住人以外は訪れないような、実に静かで簡素なお社であった。近年、江原啓之氏が、聖地として、この神社を紹介したことが原因なのか、パワースポット化して、遠方からも多くの人が訪れるようになった。
それによってか、神社の懐具合もよくなってきたのであろう。境内の整備が進み随分きれいな神社へと変貌してきた。現在は、弟橘媛と共に入水した姥十人を御まつりする別宮を、立派なものへと新造中である。
写真は、本殿より、東京湾と対岸の房総(富津)を臨む。

