前回、サタという言葉の不思議なつながりに導かれて、九州から出雲の旅をしたことを書いた。東日本大震災の起こるおよそ一年前。なぜか朝鮮半島のことが気にかかり、新潟県から石川県にかけての神社をめぐり、国土安穏の祈願巡礼を始めた。
その頃、同じく明治神宮へご祈願参りに伺った。その折、神集いのことが脳裏に浮かんだ。
「これから、何か起こるのかな。」
その時は漠然と北朝鮮とか、朝鮮半島における何らかの有事のことが浮かんだけれども。そうこうしているうちに、東日本大震災が起こった。
一週間後、伊勢に赴き、外宮、内宮を始め、神宮周辺の主だった神社を二十ほど参詣したのであった。直後、諏訪大社へ数カ月内に四度(前宮、上宮、春宮、秋宮)。
恐らく何かに取り憑かれてのことであったろう。これほどの激しい思いは無論自分の人生において初めてのことであった。
そして、前回記した九州の旅へとつながる。結果九州は、屋久島まで巡り2度赴くことになる。この間およそ60以上の神社を巡った。
本土最南端佐多岬へ行った時、同行の岬マニアの知人が、私が神社巡りに力を入れていることを知ってか、大隅半島には地元で有名な聖地があるから寄ってみないか、と提案した。
鹿児島方面への帰途上にもあり、寄ってみることとなった。
吾平山上陵である。神武天皇の父、ウガヤフキアエズ(天津日高日子波限建鵜草葺不合命)とその妻タマヨリビメ(玉依姫)の陵墓とされている。古墳ではなく、非常に山深い場所にある洞窟である。
この地に足を踏み入れた時、私がこれまで参拝した全ての神社及び陵墓を含む中で、最も激しく、魂の引き締まる思いが身体中を襲った。あたかも不意討ちのように。
陵墓の前には、伊勢神宮五十鈴川のような清流が流れており、小伊勢とも呼ばれていることもあって、伊勢神宮神域の雰囲気に非常によく似ている。(川は流れていないものの、八王子の武蔵野稜とも雰囲気がとても良く似ている)
しかし、鹿児島から車で二時間ほどの秘境のような場所でもあり、人が容易に訪れることを許さぬからか、漂う神気は、魂の芯から引き締められるほどのものがあった。
陵内を歩いている時、ふと西行の有名な言葉が浮かんだ。
なにごとの おはしますかは 知らねども
かたじけなさに 涙こぼるる
西行のように涙こそこぼるることはなかったが、この場所に来て、ようやく私は、私の求めていた神気と邂逅することができたのである。




