1970年(昭和45年)11月25日、三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で、“七生報国”(七たび生まれ変わっても、朝敵を滅ぼし、国に報いるの意)と書かれた日の丸の鉢巻をし、雄叫びを上げながら自決した。
その少し前、1970年(昭和45年)7月7日の新聞紙上で、『果たし得てゐない約束』という文章を寄稿している。そこで、彼はこの国(当時)への慨嘆と失望感を綴っている。それは日本民族が”進駐軍”に魂を抜かれたことへの嘆きである。主要な箇所を抜粋してみよう。
「二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変へはしたが、今もあひかはらずしぶとく生き永らへてゐる。生き永らへてゐるどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善といふおそるべきバチルス(*つきまとって害するもの)である。こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へてゐた私はずいぶん甘かつた。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。」
「このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである」
戦後の日本人を表現するに、適切な言葉である。彼の”予言”は当たったとも言える。これに言葉を加えるとしたら、「エロスと笑いとニヒリズムばかりに呆ける」を付け加えるても良いかもしれない。しかし、個人的には、三島ほど戦後の日本を全て否定するつもりはない。
エロスと笑いとニヒリズムが悪いというわけではない。そして、戦後が戦前よりも良くなったと思われる面も多いと思う。もっと言うとこれは、ある程度世界的に拡散した傾向だとも言える。それはアメリカ文明の拡散ということとも比例するだろう。
日本人は自らを主張する意志や自覚を失った。そして、その憂さ晴らしを「経済」というツールでのみしてきたようにも思える。ここ数年それに”抗おうとする”無意識の危機感のようなものが勃興しつつあるように思える。
しかし、そのエネルギーがどれほど自らの真意を貫けるのだろう。 世界は変わらなくてはいけない。と世界の人々が思っている。
私は、世界を変えうるとしたら、それは今の世界にあって、日本をおいて他にないと思っている。もちろんそんなことを言う人はほとんどいない。日本人からにすら、一笑にふされる話である。今の日本人には、その自覚も意志も、そしてその理由を自らに見出す力もない。
何故、日本人が世界を変えうるのか? それはそれだけの突出した理由があるのである。私はそう考えている。ただそれを日本人自身が知らないだけである。私はそう思っている。
現代の日本人は、他人から自らの”意志と自覚”を封印され、その後自らを封印してしまった。だから世界は変わらないのである。変わりたくても変われるはずがない。変わるべき人間が変わらなければ、世の中が変わることはない。
日本人は、戦後70年。自らの魂を、のんべんだらりんと生活してきたのである。 私がこれから書くことは、多分ほとんど語れてきたことがない「理由」による。国粋主義とも言えない。右寄りとも違うし、無論左寄りでもない。 もっと大きな話をしたい。そう思っている。

