
モーセなどが一族を指揮する族長の時代から、神から指名され種族を守護する役目を担う師士の時代を経て、強力な軍隊を持つ他国の軍隊から自らを守るために、民衆は王の出現を臨む時代へと移行する。
初代王サウルとの戦いを経て、民族を統一したダビデは、ペリシテ人の手にあった神の箱を自分の町へ持ち運び、神殿を建設しようとする。
ダビデは預言者ナタンに言った。
「見よ、今わたしは、香柏の家に住んでいるが、神の箱はなお幕屋のうちにある。」
ナタンは、ダビデに、あなたのしたいようにしなさいと言うが、その夜ナタンに神が告げた。
「行って、わたしのしもべダビデに言いなさい。『主はこう仰せられる。あなたはわたしの住む家を建てようとするのか。わたしはイスラエルの人々をエジプトから導き出した日から今日まで、家に住まわず、天幕をすまいとして歩んできた。わたしがイスラエルの全ての人々と共に歩んだすべての所で、わたしがわたしの民イスラエルを牧することを命じたイスラエルのさばきづかさのひとりに、ひと言でも「どうしてあなたがたはわたしのために香柏の家を建てないのか」と、言ったことがあるであろうか』(サミュエル記下 第七章より)
ユダヤの神は神殿を望まず、幕屋にあることを望んだ。

幕屋とは、エジプトを脱出以降の移動生活時、宿営の中央に設置された移動聖所のこと。(図は下部写真2枚目)
ユダヤの神は、神殿の建設を特別臨むことはなく、ユダヤの民と共に幕屋にあることを良しとしたようである。幕屋の図を見ていると、その形状は伊勢神宮の内宮を思わせる。伊勢神宮の内宮を囲む壁は布のように薄く、神殿以外の造作は何もなく非常にシンプルな構造になっている。伊勢神宮の形状と遷宮の儀式は、出エジプト記時代の移動聖所としての幕屋の名残で、神が固定的な神殿を臨まず幕屋にあることを望んだ、『サミュエル記』における記述と符合する。
神の箱は、モーセがエジプトを脱出以降存在していたが、後ペリシテ人に奪われる。ダビデは国を統一した時、ペリシテ人によって奪われ、キリヤト•エアリムに置かれてあった神の箱を奪い返そうとする。神の箱は、およそ20年間、キリヤト•エアリムに置かれてあった。式年遷宮は20年毎に行われる。(キリヤト•エアリムからダビデの手に移るまでペリシテ人によって数度移動された記述あり)

「神の箱」とは、「契約の箱」とも呼ばれる。以下wikiより、
神の指示を受けたモーセが選んだベツァルエルが、神の指示どおりの材料、サイズ、デザインで箱を作成し、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していた。
アカシアの木で作られた箱は長さ130cm、幅と高さがそれぞれ80cm、装飾が施され地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられている。持ち運びの際、箱に手を触れないよう二本の棒が取り付けられ、これら全てが純金で覆われている。そして箱の上部には、金の打物造りによる智天使(cherubim ケルブ)二体が乗せられた。
モーセの時代に、この中へマナを納めた金の壺、アロンの杖、十戒を記した石板が収納される。しかし、ソロモン王の時代には、十戒を記した石版以外には何も入っていなかったと伝えられている。(wiki契約の箱より)
神の箱の写真を見て、神輿を想像しない日本人はいないのではないか。そもそも神輿は「神の箱」「移動式神殿」であろうから。モーセの時代には、『壷、杖、石板』の三種の神器が納められていた、とある。

旧約の世界では、神の箱を置く場所が、幕屋ということになる。
神の箱の上部に二体配される智天使ケルビムとは、神の姿を見る事ができる天使。天使の階級では第二位。一方神輿の天井には通常一体の鳳凰が置かれているが、鳳凰は鳥類の形態で、同じように翼を持っており、聖天子の治める所に出現する瑞鳥とされている。
日本人も、神道においても、それはユダヤ教ではなく、旧約を保持した生活を送ってきたわけでもない。日本人は神から旧約を与えられたわけではない。日本人には別の重要な役割があるのだと思われる。しかし旧約聖書は日本にとっても極めて重要な意味を持つ書物である。
(写真:伊勢神宮内宮—鹿児島神社庁HP、幕屋図—『図解 旧約聖書』、大津滋賀八幡宮秋祭りーゲジラジ通信、神の箱—wiki)
