自主憲法制定をどうすべきか。ひとつひとつの項目について細部にわたりどうあるべきかまではまだ検討していないが、骨子となる部分については概略考えていることがある。
1.日本国憲法の破棄
前回記したように、第二次世界大戦における日本の敗戦により、進駐してきた占領軍による、占領国統治を主要な目的として作成、制定された日本国憲法は破棄される。これが行われない限り日本国の真の独立は完成できない。
2.大日本帝国憲法の精査と検証 問題点の修正 現代の価値観に相応しい事項への修正変更追加 より日本的な価値体系の付与
現代日本人にとり大日本帝国憲法とは、何か「悪魔の法典」のような印象を受けるかもしれないが、これは相当な誤解、あるいは何がしかの言論統制の意味合いが大きい。
大日本帝国憲法は、明治維新に際し、自国の独立と発展と国の存亡をかけ、日本人の手によって作成された憲法である。日本国憲法は占領統治を主目的として、外国人によって作成された英文憲法という、日本人にとってはなはだ後ろ向きな姿勢で作成されたものだ。
その意味合いにおいて、大日本帝国憲法の重要性は、我々日本人の歴史的視点から見た場合、比較できないほど大きなものである。
現代日本人は、明治時代についてははなはだ好意的に捉えるにも関わらず、その要となる大日本帝国憲法の解釈ついては、何か怪しげな禁句の匂いがするのである。
しかしそれは、大日本帝国憲法規定による統帥権問題から、軍へのシビリアンコントロールが利かなくなったという憲法上の問題があったことによるものであることが大きいであろう。
大日本帝国憲法第11条
天皇は陸海軍を統帥す
大日本帝国憲法第55条
国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す
天皇が国軍の最高司令官であり、国務各大臣(総理も含む)は、天皇を輔弼すると規定されているため、総理も各国務大臣も同一線上に並ぶ構造になっており、総理が各国務大臣(この場合は陸海軍大臣)に対し強権を発動することができない解釈がなされたのである。
しかし、天皇が国軍の最高司令官と規定されてはいるものの、天皇陛下ご自身が、軍に対して命令を下すことはなく、自らの政治的権力を行使することはなかった。(昭和天皇による二二六事件蜂起軍鎮圧命令、大東亜戦争終結の決断の2例を除く)
幕藩体制下の日本は、いわば連邦国家のような体裁であり、現代で分かりやすく言えば、旧ソ連、あるいは現代においてはドイツ連邦などのように、複数の国家による連邦体に近い統治形態であった。
事実、各藩毎に支配者があり、法律があり、独自の貨幣も流通していた。
幕末に至り、外圧が激しくなると、このようなモザイク的支配体制では国家として統制がとれず、外国からの軍事的圧力に対抗する上でもはなはだ危うい状況となった。
明治政府は、「日本」を連邦国家的封建体制から近代西洋的議会政治体制を伴った一国体制にまとめあげるため、天皇に政治的権力を負わせたのである。
しかしそれはあくまでも日本を統合するための「権力の象徴」としての存在である。
西洋的立憲君主の在り方である。 大日本帝国憲法の重要性も意識しつつ、現代の世界の政治的潮流、及び本来の日本的な価値観、文化文明観に合致させるため、それに相応しくない部分は修正、変更、さらには追加されねばならない。
また本来の日本的な部分の追加規定に関しては、大日本帝国憲法でも見落とされた部分もあるであろうし、日本の歴史を可能な限り掘り起こし、日本人としての価値意識をより強固にできるよう、より濃密な体系を具現化すべく記述が必要である。
3.天皇の意義と位置づけ
古代より、天皇は神道における祭祀王として君臨してきた。古代から奈良時代あたりまで、政治的権力者としての役割も兼ね備えたが、政治的権力者という以前に祭祀王としての役割のほうがはるかに重く、重要である。それは日本の国柄と不可分だからである。
現代では、西洋の王と日本の天皇を同格に扱う風潮があるが、西洋の王と日本の天皇は全く意味合いが違う。西洋の王はあくまでも軍事的、政治的権力者の系譜であり、これを日本に例えるならば、徳川家とかに近い。
天皇は西洋で言えば、ローマ法王のほうが、本来の役割としては近く、他にあるとすれば、ローマ皇帝が近いだろう。
日本らしさ、日本的なるもの、日本の文化、文明なるものの根源には、必ず神道的な要素が影響している。神道は日本固有の文化であり、日本であることそのものが神道であると言っても良いだろう。
我々が、これは日本的だ、と思うもののほぼ全てに何らかの形で神道が影響しているであろう。
日本には仏教があるではないか、という者もいる。「ZEN」などと言って、海外からも日本らしさの象徴のように扱われることがある。しかし、中国仏教も日本に渡来し、日本の風土と習合し、独自にソフィスティケートされた仏教文化に変容している。
日本の仏教は日本の風土、すなわち神道と習合した。禅は源流のインドではヨガだが、中国では禅となる。しかし中国の禅が日本の禅のように侘び寂びを基調としたミニマルな世界観を持っているとは到底思えない。
我々や西洋人が日本仏教に感じる魅力の根底には、伊勢神宮の内宮のような「神道的なる匂い」の、自然と融合した、清流のような清涼感があるはずである。
他宗を激しく排撃し、妥協を許さない強烈な個性を放った僧侶日蓮にしても、京都延暦寺から故郷安房(千葉県)へ帰郷の折、伊勢神宮内院、旧常妙寺に参籠、100日間の水垢離(冷水を浴び身を清める行)を行った後、伊勢神宮内宮にて、
「我 日本の柱とならん」
「我 日本の眼目とならん」
「我 日本の大船とならん」
と天照大神に三つの誓願をされた後、日蓮宗を打ち立てたという。
日蓮系の教団には神道を完全否定し、鳥居をくぐることすら毛嫌いする教団もあると聞くが、本来日蓮も日本の神々を篤く尊崇していたのである。
元来日本人は、例え仏教僧であっても、日本に暮らす以上、八百万の神々を抜きに暮すことはしてこなかったのである。そしてそれを自らの糧としてきた。
日本から神道をとったら何も残らないだろう。神道がもし日本になかったら、恐らく中国、韓国にも到底及ばない陳腐な国になっていただろう。
ただ、半島経由の文化を流入させ、似たような、しかしさらに劣化した形でそれを用い、今よりは国民は気楽に暮していたかもしれないが、世界における役割は何もなく、ただ、おいしい米と魚を食って、おもしろおかしく暮らしているだけの島民に過ぎなかったであろう。
原始共産主義的なシンプルなナチュラリストにはそれで良いかもしれない。しかしもし日本がそのような国だったら、私は日本人を止めて、どこかもっとましな国に移住するか、そもそも日本には生まれてもいなかったと確信している。
神道の祭祀王として、その文化、文明を受け継ぎ、自らをもってそれを具現化する存在。それが天皇である。
「国体の護持」という言葉がある。
これも戦前の言葉でやはり、大日本帝国憲法と同じように、現代日本人にとっては怪しげな匂いが漂う言葉である。しかし、これも政治権力や軍事力と結びついた天皇制、という意味合いで語られるからであろう。
本来の意味での「国体」とは、どのような政治体制になろうとも、変わらず存在し続ける、日本的なるものの総体、またはその主軸、中核を示すものと私は解釈している。
その意味で「国体の護持」とは天皇の存在の護持ということがまず言えるであろうと解釈している。
政治ははかない存在である。政治と結びつくものは早晩滅びるであろう。明治から昭和初期までの天皇の位置づけがまさにそれにあたる。確かに幕末から明治にかけて、天皇の存在を政治的な権力と結びつけ、国をまとめ、外敵に対抗するために国力を増強することは必要なことであった。
しかし、それは天皇の本来のあるべき姿であるとは、私は思っていない。それは臨時的な天皇の御役割であったと解釈している。
したがって、憲法においては、天皇は、政治的な権力とは完全に連絡を断ち、日本の文化、文明の保持の最高執行者、及び責任者として、祭儀を司り、祭祀を行い、八百万の神々、先祖神、先祖霊、土地霊、自然神をお祭りし、日本の国土と、そこに住む全ての人々、そして、世界と人類の平和と安穏を祈念することを執り行う存在として定義すべきであると思う。
さらに飛躍すれば、天皇の存在は日本の権力の枠外に置くべきであると考えている。それはあたかもバチカン市国のようなものにすべきであると。
神道の仕組みが宗教の枠を超えて、世界にその影響力を何らかの形で広めてゆくための基盤であり、かつ日本国内の政治的流動性に、天皇の存在が脅かされることを避ける手段ともなる。
最後の記述は、今後さらに詳細な説明も必要になるであろう。
しかし、以前から私が記載してきた日本の役割と神道の重要性を強く語ってきたことと無関係ではない。
4.新憲法の再構築
1,2,3の項目を踏まえ、新憲法を再構築、発布する。

