日本では強い権力者は生まれにくい状況があると言われてきた。生まれても長続きしないと。しかし、世界史においても英雄とされるような人物の治世は短いものが多い。ごく稀にカストロのような長生きもいるし、モンゴル帝国のようなものもあるけれど。強権者が長く居座れば腐敗が助長し、誤りも修正されないままさらにそれも助長される傾向があります。だからまた革命ということになる。いずれにしても政体というものは滅びる運命にある。
日本史でこれに該当する人物は、決まり文句のように織田信長ですが、実は後醍醐天皇や明治天皇も該当すると思います。この説を唱えた人はいないかもしれません。やはり、「後醍醐、明治の治世」も短かったと言えるかもしれない。しかし日本という国が極めて特殊なのは、それでも天皇は存在し続けたということです。世界史で戦に敗れ他国に占領された国王や皇帝がその後も存在し続ける例は殆どない、というか絶無かもしれません。内戦においてすら可能性は低い。
この理由を私は、天皇が神道の祭祀王であることと非常に密接に関わっていると思う。この点についてもまだ論考が進んでいないと思います。天皇はこの国が本当に存亡の危機にたたされた時、究極の御役割をされる。明治天皇がそうであろうし、昭和天皇の終戦の御聖断もそうです。しかし、「明治の治世」は昭和天皇の終戦の御聖断と共に終焉しました。
私は、天皇は政治には決して関わってはならぬという意見です。それは政治というものが短命で危険で儚い存在だからです。しかし、日本の政治がこれまでのような弱々しいままでは、世界の中心国として影響力を発揮することは難しいでしょう。江戸以前のある種世界史から閉ざされたままの状態とは全く違ったものになっている。
しかし、そんな危険で人間臭のする下賤な御役割を天皇陛下にお任せするわけにはいきません。天皇には、神道の祭祀王として、永久にこの国と、ひいては世界を鎮護すべき存在であると思います。天皇が神道の祭祀王としての位置付けのないただの王の存在であったなら、とっくに消えてなくなっていたでしょう。八百万の神々、土地神霊、先祖神霊、自然神霊をお祀りされてきたこと。これはこの国の国体そのものであり、存在意義の全てであるといっても良い。
私が考える憲法の重要性というのは、このことを明らかに定義することだと思います。

