天地人という言葉は、中国からのもので、孟子の言葉である。
「天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず」
簡潔に言えば、天の恵み、地の利、人の和の3つが揃った時こそが成功への行動を起こすべき時であるが、天の恵みは地の利に及ばず、地の利は人の和に及ばない。人の和の重要性を説いたもののように思われる。この言葉は本来、政治的、軍略的な成功法に関しての言葉である。
しかし、自分はこの言葉を日本文明の特質を簡潔に述べた表現として使いたい。
神道では、天(創造神)、地(氏神、土地神、自然神、土地霊、自然霊)、人(先祖神霊、先祖霊)の3つがお祀りされている。これこそが日本という国を形成している根幹をなす仕組みである。キリスト、イスラム教には、天しかない。仏教なども基本的にそう。世界の多くの宗教は天と生身の個人とのつながりのみに、関係を集約している。
神道は、天、地、人をお祀りする。神社の祭りというのはこの3つの神々や霊魂との邂逅の儀式である。江戸時代まではかなりこのような生活習慣が定着しており、第二次世界大戦終結前まで、日本人の生活基盤の中核であり続けた。
しかし、それらの時代においてすら、これら神道の祀りの仕組みを、日本人自らの文明を形成する中核であるという意識を持って生活していたかどうか私は疑問に思っている。島国という閉ざされた空間の中で、たまたま、奇跡的にそれらが醸成され、維持され続けたに過ぎないのではないか。そう考える。
もし、日本人自身が自らのこの優れた仕組みを、自らの文明の中核であるという明確な意識をもちつつ、生活できたならば、この国が世界に対して揺るぎない価値観を付与する力を与えられることになるだろう。人間同士でべたべた繋がるのではなく、それぞれが関係する神霊と繋がれば自ずと必要な人間との繋がりは最適な形で強化されるであろう。
自分は、神道の仕組みに関して専門的な知識を並べるつもりはない。そのような専門知識は、私などよりも優れた学者等の方々が、優れた文章を数多く著作されている。
私が言いたいのは、天地人の神々や霊魂を意識し祀る生活の重要性を世界の人々に知ってもらいたいだけである。方法は何でも良い。それぞれの国にはそれぞれの文化や習俗習慣がある。それらに合致した形で、「お祀り」すれば良いのだ。
それができた時、世界は変わるだろう。
何か重要な事が起きた時、その場所に関わる過去の様々な歴史、人物について思いを馳せる。それが事件や出来事とどういう関係があるか敢えて考える必要はないだろう。
思い出す。ここから始められるべきである。そこからまた個々人にとって新しい行動の何がしかが生まれることだろう。それは究極的には人間生活の安定や平和に繋がるのである。
(写真 : 桧原神社 http://minkara.carview.co.jp/userid/430612/blog/25066534/ より)

