以前から、歴史は繰り返し、いくつかの時代に同じような事象が繰り返し起こる現象に注目して来た。世界史にも同様のことがあるが、日本史を見ると、権力は常に西から起こり、東へと移動する。
古くは、神武天皇東征から、鎌倉、江戸時代の起こりにも西から東への権力体の移動が起こった。東から西へ動くのは、室町から戦国期にかけての期間だけである。室町から戦国にかけては、それ以前の段階で日本列島全体の権力基盤が実質的に二分していたことから、江戸時代までに国の実質的な権力基盤が一統されるために東の権力が「一時的に」西へ移動した、と考えている。
明治維新にもまた、西から東へと権力基盤の移動が起こった。数日前より、幕末維新の歴史的な動きから、日本古代史の実際が脳裏に浮かび続けた。
神武東征に際し、九州地方から大和地方へ日向の権力基盤が移動する。それ以前の段階で、出雲の国譲りがある。日向からは、アメノホヒ、フツヌシ、タケミカヅチなどが派遣され、最終的にオオクニヌシの息子コトシロヌシとの話し合いによって、日向と出雲は、「手打ち」となる。(もう一人の息子、タケミナカタは、納得せず、諏訪へ追われた)
この話の進展は、薩摩と長州の和解と酷似している。はじめ、薩摩と長州は犬猿の仲であった。薩摩は一橋慶喜の最大の後見役として幕府を支援する立場にあったし、長州は終始一貫反幕府の立場を貫いていた。その仲介役を務めたのが土佐の坂本龍馬達であったとするならば、恐らく古代においても、両権力の仲介役を務めた勢力があったかもしれない。四国あたりに。
面白いことに、日向地方の実質的な中心地は今の鹿児島県(薩摩地方)であり、出雲地方の実質的な中心地は山口県とほぼ重なるのである。やはりこれは、「歴史の繰り返し現象」と言うべきである。その後の神武東征神話にいたるまでの流れと、幕末の歴史の流れと古代史とを重ね合わせてみると、神武が東征し、当時の大和政権、三輪王朝とされる、ニギハヤヒ政権との権力の交代と、最終的にナガスネヒコが東北地方へ追われる背景を想定してしまうのである。
話は幕末に戻る。薩摩の賢公島津斉彬に非常に可愛がられた西郷隆盛であったが、斉彬の死後、次代の島津久光には忌み嫌われ、挙句奄美大島に流されていた。しかし、その後禁を解かれ、薩長連合後は東征の主役となり、江戸を無血開城させることに成功する。この間の歴史は周知の通りである。仲介役は勝海舟であった。
これを再び古代史に焼き直して見る。日向地方から起こった神武の東征は、恐らく、出雲地方の集団と合流し、大和地方へと向かった。日向、出雲の連合軍は、大和の三輪王朝を無血開城させたのか。勝のような仲介役はいたのか。オトウカシという人物がいるが彼なのか。
私が想像するに、三輪王朝は、仲介役との話し合いの後、徳川慶喜同様「大政奉還」のような「手打ち」で締めくくったと思う。では、ナガスネヒコの東北行きは何だったのか。
幕末から明治にかけても、最後の最後まで幕府を捨てられない勢力があり、結果、会津、長岡の勢力を中心として、最終的には函館まで落ち延びつつ戦った。古代にも同じことが起こったと想像する。いつの時代にも「跳ねっ返り」はいる。「幕府」を捨てるくらいなら死んだ方がましだと、そう思う人間は時代の移り変わりにはいつでも、どこでも存在する。そういうことだと思う。出雲国譲りでも、兄弟のコトシロヌシは、手打ちを望み、もう一人の息子タケミナカタは、最後まで納得できず諏訪まで落ち延びた。
先日、ある集まりで沖縄出身の人がいた。久高島の出身だという。久高島は「神の島」と呼ばれ琉球王朝が最初に起こった場所だと言う。聖域は男子禁制で男は聖域に入ることができない。その彼曰く、
「久高島は、女が男を守る。そういうカルチャーなんだ。」
女系文化である。沖縄には、日本の創生神話と同様の神話がある。宇宙開闢から土地の創生にいたる神話は、ポリネシアから、東南アジアにもあるようで、日本の創生神話も海伝いに沖縄や奄美大島など、今の鹿児島へいたる島々を経由して伝わって来たものが原初的な形態であると思われる。ちなみに、朝鮮半島にはこのような創生型の神話は全く存在しない。わずかに、済州島にその片鱗があるのみであるという。
卑弥呼など女性を主役としたシャーマニックな信仰形態も、沖縄のユタ、そしてそれらの最高の地位とされる、聞得大君が存在した文化形態を想像させる。太陽神を最高神とする、東方信仰を持ってもいる。琉球神話は、三輪王朝に伝わる神話と類似性があるという論説もある。
日本の権力基盤の構築の源泉は、ポリネシアから沖縄等の島々を経由して来た勢力(日向勢力)と、朝鮮半島経由の勢力(出雲勢力)との邂逅に始まると私は見ている。しかし、日向、出雲以前に、プレ日向とも言える三輪王朝が存在した。
現代の日本国の周辺では、朝鮮半島の問題、沖縄の問題が常に燻り続けている。これまで、朝鮮半島に関する問題は多少書いて来たが、今後は沖縄の問題にも言及しなければならない。両者の歴史をみていくことが、日本の今後を見て行く上でも重要であると思う。
最終的には、日本の古代とユダヤ文明を結びつけるまで「系譜を辿る旅」は続く。
(写真: ニギハヤヒ (「神仙組外典」より)

