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天皇家のルーツと朝鮮半島

平成26年9月18日 日本史
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天皇家が朝鮮半島から来た。という話は、戦後のいつからか日本人の酒の肴になっているように思う。相当大多数の日本人がこの話を誰かから聞き、確かにそうかもしれないと思ったはずである。

しかし最近、日本神話と琉球神話、そして朝鮮王朝の起源神話を見てゆくうち、結局、天皇家が朝鮮半島起源であるという歴史的事実がただの一つもないことに気付かされた。私自身、そういう可能性は少なからずあるかもしれないと思っていたが、調べれば調べるほど可能性は限りなく小さなものになっていったのである。

いったいいつ誰が、天皇家のルーツは朝鮮半島起源であると言い始めたのであろう。

近年になって、任那日本府は存在しなかった。という話すら言われ始め、任那日本府、という表現そのものすら悪しき表現であるかのように言う人間すらあり、あたかも禁句のような感覚で表現されることが、特に日本の教育界では存在しているようである。

任那日本府に関する記述は、日本書紀に見られ、同時に同時代の中国の歴史書にも同様の記載がある。現代日本人や中国人ならいざ知らず、当時の日本人や中国人が、このような歴史的記述に関して事実と違うことを記述する理由がどこにあるだろうか。

また近年、前方後円墳が朝鮮半島の南部で発見された。これをもって前方後円墳は朝鮮半島起源だと、韓国人の学者が言い始めた。しかし、朝鮮半島南部で発見された前方後円墳は、任那日本府が存在したとされる地域に限定されている。逆に言えば、任那日本府が存在したことの証明になっているのである。前方後円墳は、朝鮮半島には元来存在しない。日本由来のカルチャーである。

仮に、ソウルやピョンヤン近辺に仁徳天皇陵と比較しうるほどの前方後円墳が存在しているのであれば、天皇家は紛れもなく朝鮮半島起源であると言えるかもしれない。しかし、そんな事実は何一つ存在しないのである。

もし、天皇家が朝鮮半島起源であるなら、誇らしげにその由来を明らかにしていたであろう。中国の歴史書にもそれなりの記述があったに違いない。

北畠親房の「神皇正統記」に、以下の記載がある。

応神天皇条  第十六代、第十五世、応神天皇は仲哀第四の子。御母神功皇后也。胎中の天皇とも、又は誉田天皇ともなづけたてまつる。庚寅年即位。大和の軽嶋豊明の宮にまします。此時百済より博士をめし、経史をつたへられ、太子以下これをまなびならひき。此国に経史及文字をもちゐることは、これよりはじまれりとぞ。異朝の一書の中に、「日本は呉の太伯が後也と云ふ。」といへり。返々あたらぬことなり。昔日本は三韓と同種也と云事のありし、かの書をば、桓武の御代にやきすてられしなり。天地開て後、すさのをの尊韓の地にいたり給きなど云事あれば、彼等の国々も神の苗裔ならん事、あながちにくるしみなきにや。それすら昔よりもちゐざること也。天地神の御すゑなれば、なにしにか代くだれる呉太伯が後にあるべき。三韓震旦に通じてより以来、異国の人おほく此国に帰化しき。秦のすゑ、漢のすゑ、高麗百済の種、それならぬ蕃人の子孫もきたりて、神皇の御すゑと混乱せしによりて、姓氏録と云文をつくられき。それも人民にとりてのことなるべし。異朝にも人の心まち<なれば、異学の輩の云出せる事歟。後漢書よりぞ此国のことをばあら<しるせる。符合したることもあり、又心えぬこともあるにや。唐書には、日本の皇代記を神代より光孝の御代まであきらかにのせたり。さても此御時、武内大臣筑紫ををさめんために彼国につかはされける比、おとゝの讒によりて、すでに追討せられしを、大臣の僕、真根子と云人あり。かほかたち大臣に似たりければ、あひかはりて誅せらる。大臣は忍て都にまうでて、とがなきよしを明められにき。上古神霊の主猶かゝるあやまちまししかば、末代争かつゝしませ給はざるべき。天皇天下を治給こと四十一年。百十一歳おましき。

「昔日本は三韓と同種也と云事のありし、、、、」

平安期、すでに半島経由で多くの帰化人、渡来人が日本にやって来ていた。彼らは、自らの出自を高いものとするために、天皇家は大陸起源であり、自分はその血を引くものであるという者が多数あり、そのような俗説が書物となり、巷に流布した。しかし、桓武天皇は、これらの書物を、間違いであると焚書にし、同時にこれらの混乱を収めるため、新選姓氏録を編纂した。そして、明らかになったことは、その当時、帰化人、渡来人系の姓氏が実に全体の30%に達していたという。

飛鳥時代以降、平安時代にいたる期間、いかに半島経由の中華文明の影響を受けたかの証明であろう。明治維新であっても、西洋人の比率が、全体の30%に達するなどあり得ない話であることを考えれば、当時の状況を想定するに余りある。

これら帰化人、渡来人の大多数は、現在の近畿地方に居住した。

飛鳥時代以降、渡来系を含め、様々な姓氏が天皇家に関わった。その意味で現在の天皇家に、朝鮮人、中国人などの血統がミックスされていることは間違いないし、我々日本人全てにその要素があると言える。

しかし、天皇家が朝鮮半島起源であるということは、歴史的にも、文化的、文明的な側面から考慮してもあり得ない。しかし、何らかの渡来系であるということは、神話的側面から見ても確実な事実である。

(写真 : 任那 HP「日本の面影」より)

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