二代綏靖天皇から八代開花天皇まで古事記、日本書紀に事績の記載のない天皇のことを言う。昭和期に津田左右吉が、欠史十三代を唱え、彼の主張の影響によると思われるが戦後になりGHQの強制的な指導の下、教科書から削除された。
しかし、全国の神社を巡っていると孝昭、考安、孝霊、考元、開花など、欠史八代の天皇の名前が由緒書きに頻繁に登場する。
日本書紀の古代期の創作性が巷ではよく言われ、不比等の陰謀だとか色々言われるが、日本書紀という書物は、全国から集めた様々な伝承等を多く取り入れ、異説を数多く併記するなど、同時代の歴史書としては世界的にも稀に見るほどバランス感覚のある歴史書だという。中国などの歴史書に比べれば比較にならないほど信憑性が高い書物だと言えるだろう。
しかし、不比等の陰謀ではないが、記紀が編纂された時代の権力に都合の悪いことは、記載しないか、誤魔化しがないとは言えない。私個人としては欠史八代は存在すると思うが、時間軸をずらして、あったはずのものを削除した可能性は高いと思う。古代の天皇の寿命が異常に長いことがその確実な根拠のひとつだと思う。
不比等の時代の人間達が現代の人間と比べて頭が悪くない限り、有りもしない天皇の名前を実在としながら、年齢を百歳以上に設定するなど有り得ない話である。ストーリーを作るならもっと巧妙に作らなければならない。他ならぬ不比等なんだから。
しかし、旧約聖書に登場する古代の様々な人物は、恐ろしく寿命が長く、旧約聖書を読んでいる時に、古代の天皇の寿命の長い設定のことを思い出した。非常に古い時代には人間の寿命が今よりも幾分長かった可能性は全く無ではないと思う。
とはいえ天皇の時代は、旧約聖書の記載時代に比べるとはるかに現在に近く、神武以降の年齢が現代人と比較して長すぎるということは有り得ない話であると思う。しかし、記紀の古代史登場の天皇の寿命が長いことは、旧約聖書の真似ではないかと思ったことがある。あるいは、その存在を知っていた人物によるものか。または、世界的に見て古代史に登場する人物は、どういうわけか寿命が長いということか。
寿命というのは、もしかしたら重力とか、地球や地球を取り囲む様々な環境によって変化する可能性があると私は思っている。その証拠の一つに、地球に暮らす動物は時代が下るに連れて小型化している。これは明らかに地球の環境に関係していると私は思う。従って、数千年以上昔の地球環境如何によっては、今の人間よりも寿命が幾分長いという可能性はあるのではないかと感じている。もちろんそれ以外の可能性もあるけれど。これ以上はSFの世界になってしまうので書かない。
話を元に戻す。欠史八代の存在性の有無の問題よりも、時間軸の問題の方が重要だ。時間軸をずらさないと都合の悪いことがあったのかもしれない。神武以前の神々のことも歴史の一部として考えていかなければならないということである。
オオクニヌシ、ニギハヤヒなど、これらの人物は古代の権力者であったはずであるが、どれも個人単位で、前後の歴史が殆ど存在しない。これに関連した書物が数多く出版されているが、大概はおどろおどろしいタイトルのものが多い。出雲神話、三輪伝承など、幾つかの文献の研究や、地方に伝わる様々な伝承のさらなる追求が必要である。
下記に神社で神官がお唱えする祝詞(大祓)を併記する。こういうものもヒントになるのである。祝詞は神社の系譜によって異なる。日向、出雲、三輪などそれぞれの系譜によって別々の情報が含まれている。
下記で言うと、例えば、
瀬織津比売
速開都比売
気吹戸主
速佐須良比売
などの神々は一体何者なのか。これらは大祓以外では殆ど目にすることがない。
なお、瀬織津姫は、伊勢神宮内宮にある、別宮ー荒祭宮(天照大御神の荒御魂)にてお祀りされている。内宮には十の別宮があるが、荒祭宮は内宮に次いで格式が高く尊い宮とされている。
(写真 伊勢神宮内宮内宮「奉幣の儀」ー伊勢志摩.comより、古代天皇系図)
(後記:後年、竹内睦泰氏の著作において、古代の天皇の年齢は1年を2年として計算されているということが書いてあり、納得した。これについては別の文章に記載している。)
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大祓詞 おおはらひのことば (大正三年内務省選定)
たかあまはらにかむづまります。すめらがむつかむろぎかむろみのみこともちてやほよろづのかみたちを。かむつどへにつどへたまひ。
(高天原に神留まり坐す。皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を。神集へに集へ給ひ。 )
かむはかりにはかりたまひて。あがすめみまのみことは。
(神議りに議り給ひて。我が皇御孫命は。 )
とよあしはらのみづほのくにをやすくにとたひらけくしろしめせとことよさしまつりき
(豊葦原瑞穂国を安国と平けく知食せと事依さし奉りき。 )
かくよさしまつりし。くぬちに。あらぶるかみたちをばかむとはしにとはしたまひ。かむはらひにはらへたまひて。
(此く依さし奉りし。国中に。荒振神等をば神問はしに問はし給ひ。神掃へに掃へ給ひて。)
ことどひしいはねきねたちくさのかきはをもことやめて。あまのいはぐらはなちあまのやへぐもをいづのちわきにちわきて。
(語問ひし磐根樹根立草の片葉をも語止めて。天の磐座放ち天の八重雲を伊頭の千別に千別て。)
あまくだしよさしまつりき。かくよさしまつりし。よものくになかと。おおやまとひだかみのくにを。
(天降し依さし奉りき。此く依さし奉りし。四方の国中と。大倭日高見の国を。)
やすくにとさだめまつりてしたついはねにみやはしらふとしきたて。
(安国と定め奉りて下津磐根に宮柱太敷き立て。)
たかあまはらにちぎたかしりてすめみまのみことのみづのみあらかつかへまつりて
(高天原に千木高知りて皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて )
あまのみかげひのみかげとかくりまして やすくにとたいらけくしろしめさむくぬちになりいでむ。あまのますひとらがあやまちおかしけむ。
(天の御蔭日の御蔭と隠り坐して安国と平けく知食さむ国中に成り出む。天の益人等が過ち犯しけむ。 )
くさぐさのつみごとはあまつつみ くにつつみ ここだくのつみいでむかくいでば。
(種種の罪事は天津罪国津罪許許太久の罪出む此く出ば。 )
あまつみやごともちてあまつかなぎをもとうちきりすえうちたちて。
(天津宮事以ちて天津金木を本打ち切り末打ち断ちて。 )
ちくらのおきくらにおきたらはしてあまつすがそをもとかりたちすえかりきりてやはりにとりさきてあまつのりとのふとのりとごとをのれ。
(千座の置座に置足はして天津菅麻を本刈り断ち末刈り切りて八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞事を宣れ。)
かくのらば。あまつかみは。あまのいはとをおしひらきてあまのやへぐもを。いづのちわきに。ちわきて。きこしめさむくにつかみは。
(此く宣らば。天津神は。天の磐戸を押披きて天の八重雲を。伊頭の千別に。千別て。聞食さむ国津神は。 )
たかやまのすえひきやまのすえにのぼりまして。たかやまのいぼりひきやまのいほりをかきわけて。きこしめさむ。
(高山の末低山の末に登り坐て。高山の伊褒理低山の伊褒理を掻き別けて。聞食さむ。)
かくきこしめしては。つみといふつみはあらじとしなとのかぜのあまのやへぐもをふきはなつことのごとく。
(此く聞食しては。罪と言ふ罪は在らじと科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く。 )
あしたのみぎり。ゆうべのみきりを。あさかぜゆうかぜのふきはらふことのごとくおおつべにをるおおぶねを。
(朝の御霧。夕の御霧を。朝風夕風の吹き掃ふ事の如く大津辺に居る大船を。)
へときはなち。ともときはなちて。おおうなばらにおしはなつことのごとくおちかたのしげきがもとを。
(舳解き放ち。艪解き放ちて。大海原に押し放つ事の如く彼方の繁木が本を。)
やきがまのとがまもちてうちはらふことのごとくのこるつみはあらじと。はらへたまひきよめたまふことを。
(焼鎌の利鎌以て打ち掃ふ事の如く遺る罪は在らじと。祓へ給ひ清め給ふ事を。)
たかやまのすえ。ひきやまのすえより。さくなだりにおちたきつ。
(高山の末。低山の末より。佐久那太理に落ち多岐つ。 )
はやかわのせにます。せおりつひめといふかみ。おおうなばらにもちいでなむ。
(早川の瀬に坐す。瀬織津比売と伝ふ神。大海原に持出でなむ。 )
かくもちいでいなばあらしほのしほのやおあひのやしほじのしほのやほあひにます。はやあきつひめといふかみ。
(此く持ち出で往なば荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百曾に坐す。速開都比売と伝ふ神。 )
もちかがのみてむ。かくかがのみてはいぶきとにますいぶきどぬしといふかみ。ねのくにそこのくににいぶきはなちてむ。
(持ち加加呑みてむ。此く加加呑みては気吹戸に坐す気吹戸主と伝ふ神。根国底国に気吹放ちてむ。)
かくいぶきはなちてはねのくにそこのくににます。はやさすらひめといふかみ。もちさすらひうしなひてむかくさすらひうしなひては。
(此く気吹放ちては根国底国に坐す。速佐須良比売と伝ふ神。持ち佐須良比失ひてむ此く佐須良比失ひては。 )
けふよりはじめてつみといふつみはあらじと。
(今日より始めて罪と伝ふ罪は在らじと。 )
きょうのゆうひのくだちのおおはらへにはらへたまひきよめたまふことをもろもろきこしめせとのる
(今日の夕日の降の大祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞食せと宣る )


