明治天皇が乃木さんのような人物に皇孫の教育を託す機会を得られたことは、明治天皇にとって幸運時であり、明治期の日本にとっても幸運時であった。世界史の中では無名同然の存在であった日本が歴史の中心に躍り出たことの証左であろう。
明治の御世が終焉し、乃木さんのような高邁な精神性を備えた人物が、国の中核から減ってゆくにしたがって、日本の行く末にも暗雲が漂い始めた。
前回の記述において、明治期に日本文明の本質を理解し、その理念を多くの人々に伝えるための教育システムが欠落していたのではないかと書いた。昭和期に入り、国柄の根幹、またそれを支える人間達の思考、理念も揺らぎ始めていったものと私は考えている。
国家神道をファッショや戦争遂行とリンクさせ、あれは間違いだったと言う者がいるが、言いがかりである。あの時代は、世界中が帝国主義の最終段階の時代であって、植民地主義崩壊前夜であった。日本が軍国主義化したのは、世界の風潮や流れに巻き込まれたのであって、戦前の政治システムが軍国主義を生み出したのではない。あの時代、仮に日本が共産主義国であったとしても軍国主義化していたであろう。
愚かな戦後の歴史学者の言いなりになってはいけない。戦前の政治システムに問題があったとすれば、統帥権の問題であろう。これは天皇と政治権力に関わる部分であって、個別に考えられるべき問題である。
現在の保守層は、大東亜戦争を全面的に肯定する者が多い。しかし、あの戦争に負けたことで失ったものの大きさを思えば、保守を自任する人間が、あの戦争を全面肯定することなど決してできないはずであると私は思っている。
日露戦争を開始遂行する際、明治期の政治家軍人が戦略戦術を練る経緯と、真珠湾攻撃を開始するまでの当時の政治家軍人の戦略戦術あるいは政治的な駆け引きの経緯を比較すれば、その違いは明らかである。
確かに、米国主導の欧米列強、つまり当時の植民地主義を進める諸国からの戦略的な圧力によって、しだいに追い詰められ、開戦の止む無きにいたったとは言えるだろうし、日清・日露戦争から第二次世界大戦の終結にいたる経緯によって、アジア及び世界の植民地が事実上解放され、有色人種が白人に対抗し、自国の独立を意図する道を開くきっかけになったことも事実であろう。
日本の犠牲によって、欧米の植民地主義が崩壊したということは言える。
日本の朝鮮半島と台湾は植民地ではない。合邦であって、当時は朝鮮人も台湾人も日本国籍を有する日本人となった。これは当時のインドやその他欧米の植民地とは全く違う。このことすら理解していない人が多いし、メディアなどでは、朝鮮が日本の植民地時代、、、などど平気で言っている。呆れた話である。これもまた「偉大なる」GHQの洗脳教育の遺産であろう。
しかし、負けは負けだ。東条英機は負け戦の責任を軍人としてとる責任がある。東条英機を極悪人であるなどとは微塵も思わないが、軍人として負け戦の責任はとらなくてはならない。多くの日本人が食い物もないまま、遠く南洋の島々や中国大陸などに散った。日本人は判官贔屓だから、東条さんは良い人だった、と言い始める。それとこれとは意味が違う。
さて、昭和期の軍人政治家達が明治期の軍人政治家達と明らかに違っていたことは、明治期の教育システムと密接な関係があると思うのだが、やはり国の教育の中核機関、そして天皇や皇族の教育機関において、日本の文明と国柄について正確な知識と研究を行うシステムは、国家千年の計、という側面から必要である。
最近では、皇族方がICU(国際基督教大学)に通う方もいると聞く。私個人は本来自由主義者であるから、それを否定するつもりはない。誰がなにを学ぼうと自由であるし、何を好きになろうと自由である。
しかし、天皇家、皇族方は、国費をもって、自らの役割を果たす義務があると思う。天皇家、皇族方の義務とは、日本の文明を保持し、文明の中核として、日本文明かくあるべしを体現することである。天皇におかれては、祭祀王として、日本の国土とそこに住む人々(日本人以外も含む)の平和と幸福を日々祈念することである。
天皇の本当の役割を知らない日本人が多すぎる。皇居には宮中三殿がある。これこそが天皇の本質であり、役割と存在意義であることを日本人は知らなければならない。
以下はwikiより、
宮中三殿は、皇居内にある三つの連結された建造物の総称である。それぞれ、神道の神を祀っており、宮中祭祀(皇室祭祀)の中心となる。
宮中三殿の構内には、附属するいくつかの建造物が配置されている。四方拝、新嘗祭が行われる神嘉殿(しんかでん)、鎮魂祭や天皇皇后の装束への着替えが行われる綾綺殿(りょうきでん)、神楽が行われる神楽舎(かぐらしゃ)、楽師が雅楽を演奏する奏楽舎(そうがくしゃ)、列席者が待機する左幄舎(ひだりあくしゃ)と右幄舎(みぎあくしゃ)、賢所に正対する賢所正門、新嘉殿に正対する新嘉門などである。
宮中三殿では、皇室祭祀のことをつかさどるため、国家行政機関たる宮内庁の組織とは別の内廷の組織として、掌典職が置かれる。掌典職は、掌典長の統括の下に、掌典次長・掌典・内掌典などが置かれている。毎朝、午前8時から、賢所、皇霊殿では内掌典(女性、巫女)が、神殿では掌典が、清酒、赤飯などを供える「日供の儀」(にっくのぎ)をそれぞれ行う。続いて、午前8時30分には、宮内庁侍従職の当直侍従が、賢所、皇霊殿、神殿を天皇に代わって拝礼する「毎朝御代拝」(まいちょうごだいはい)を行う。日供の儀及び毎朝御代拝の各儀式は、廃朝(天皇が執務しないこと)や宮中喪が発せられていても、欠かさず行われる。(以上wiki)
私は、本来天皇自らが毎朝この執務を行うほうが良いと思っている。
仏教に熱を入れようが、キリスト教に親しもうが構わないが、天皇家、皇族方は、国家への義務を果たすため、幼少より、神道学や神事とその意味についての知識と訓練を行う必要がある。歌舞伎役者の子供に生まれた者は幼いころから訓練を始める。結果歌舞伎役者にならないかもしれない。身に付かないかもしれないし、大した才能を発揮しない場合もある。しかし、それでもそこから始めることが重要だ。
明治天皇が乃木さんのような人物と出会う機会を得たことは幸運時であったと述べた。しかし、幸運にまかせているだけでは、国家の経営は成り立たない。国の骨格を維持する仕組みはしっかりと確立されなければならない。
乃木大将経営榊壇を拝見しつつ確信したことである。
(写真:宮中三殿)

