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    Home»憲法

    大日本帝国憲法と日本国憲法 前文と成立過程

    平成26年10月29日 憲法
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     大日本帝国憲法「御名御璽と大臣の副署」
    大日本帝国憲法「御名御璽と大臣の副署」

    日本国憲法成立過程において、日本側は、大日本帝国憲法の改正案を作成し、GHQに提出した。そもそも憲法というのは、自国の国柄を規定するものであり、他国が介入すること自体がおかしいのであるが、当時はマッカーサー=GHQ=占領軍が全てを決定すべき立場にあった。

    結果、日本側の改定案は無視され、マッカーサーの部下数十名(憲法に関しては素人)が、1~2週間部屋に閉じこもって、いろいろな文献から適当につなぎ合わせた、憲法なるものを作成させた。もちろん原文は英文である。

    (日本国憲法前文 英語原文)
    We, the Japanese People, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim the sovereignty of the people’s will and do ordain and establish this Constitution, founded upon the universal principle that government is a sacred trust the authority for which is derived from the people, the powers of which are exercised by the representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed by the people; and we reject and revoke all constitutions, ordinances, laws and rescripts in conflict herewith.
    Desiring peace for all time and fully conscious of the high ideals controlling human relationship now stirring mankind, we have determined to rely for our security and survival upon the justice and good faith of the peace-loving peoples of the world. We desire to occupy an honored place in an international society designed and dedicated to the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance, for all time from the earth. We recognize and acknowledge that all peoples have the right to live in peace, free from fear and want.
    We hold that no people is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal; and that obedience to such laws is incumbent upon all peoples who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other peoples.
    To these high principles and purposes we, the Japanese People, pledge our national honor, determined will and full resources.
    ――――――――

    自国の国柄を規定する憲法が外国の適当な人間によって、自国の文化を全く考慮せず、自国以外の言語で作成されているなど、世界でも類のない『あり得なさ』である。この憲法がある限り日本人は永久に独立心を自ら養うことは不可能であろう。

    当時、この訳文の成立過程でも、日本側とGHQ側でいろいろもめたらしい。最終的に、日本側の責任者は、

    『だったら、直訳文にしてしまえ』

    と半ば、投げやりな風で翻訳文を作成させた。

    (日本国憲法前文―現代語訳決定版)
    日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
    日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
    われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
    日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

    ---------

    まるで受験生の英文和訳みたいな文章で、主語述語がはっきりせず、日本語として、およそ美文とは程遠い。翻訳に携わった関係者達は、わざと「これは日本人が作成したものではない」ことを国民に知らせるため、このような直訳文にしたという説もある。こんな文章が国柄を規定すべき、憲法の前文なのだから、日本人がおかしくなるのも無理はない。

    ちなみに、ドイツではナチスドイツの降伏の際、以下の項目を降伏の条件に提示して認められている。

    憲法の制定
    教育政策の策定
    軍隊の解隊

    この三項目を自国の意志により行うこと。これを連合軍に要求し、認められている。日本の場合、上記三項目の全てを占領軍=GHQが行った。軍隊は自主的に解隊したと言えるのかどうか。

    ドイツは戦争の負け方を知っているとも言えるし、西洋人ではなかった日本人の場合はそれすら認められなかったとも言える。しかし、当時の日本人がこれらを強く要求していれば叶ったかもしれない。国際法でこれらの要件は、降伏の条件として当時でも認められていたのではなかろうか。

    『敗軍の将、兵を語らず』という心境で、日本人らしく、当時の日本人も、やはりあまりに潔すぎたのかもしれない。

    大日本帝国憲法は、明治天皇自らが憲法会議に参加され、およそ半年間の審議が行われた。途中、第四皇子の訃報などがあったにも関わらず、天皇は審議の中止を許さず、続行された。

    憲法公布後、板垣退助が、この憲法はドイツ憲法の焼き直しに過ぎないと批判したことについて、天皇は激怒されたという。

    「我が憲法は、朕が欽定して国民に与えた世界に比類なき憲法である。これを伊藤が独逸にまねて作ったとは何事なるか。これは憲法の趣旨が十分分からないから、かやうのことを申すのであろう。欽定憲法の趣旨を、世人に普及し、誤解なからしめるのが、今日の急務である。」

    大日本帝国憲法は、五カ条御誓文の精神に立脚するという。これは憲法制定以前の慶応期に明治政府の基本方針を定めたものである。

    一、 廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ
    一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フヘシ
    一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
    一、舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
    一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

    (大日本帝国憲法 前文)
    朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ卽チ朕カ祖宗ノ惠撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ增進シ其ノ懿德良能ヲ發達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼贊ニ依リ與ニ倶ニ國家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ明治十四年十月十二日ノ詔命ヲ履踐シ玆ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム
    國家統治ノ大權ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ傳フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ將來此ノ憲法ノ條章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ
    朕ハ我カ臣民ノ權利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範圍内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス
    帝國議會ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議會開會ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
    將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
    朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ爲ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及將來ノ臣民ハ此ノ憲法ニ對シ永遠ニ從順ノ義務ヲ負フヘシ

    --------

    大日本帝国憲法は、日本の文化文明、国柄を古代からの歴史と伝統を踏まえて、当時の担当者が命がけで作成したものであり、日本人の魂が込められたものであることは間違いない。明治天皇御自らも皇祖皇宗、神々に誓って一言一句ゆるがせにしない心境で臨まれた。

    二つの憲法の成立過程がどれほど違うものかは、明らかであろう。

    (写真:大日本帝国憲法「御名御璽と大臣の副署」)

    ダグラスマッカーサー ドイツ 五カ条御誓文 大日本帝国憲法 天皇 憲法 日本 日本人 日本国憲法 明治天皇 板垣退助 欽定憲法 進駐軍・占領軍(GHQ)

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