ユダヤ人は利ざやで稼ぐ薄汚い人種だ。汚い金稼ぎで膨らんだ連中は益々恐るべき陰謀を企て、世界を、全ての人々を金で飼いならそうとしているのだ。
こういう論調がある。これはヨーロッパ社会に古くから根付いた考え方である。中世において、激しい差別を受けたユダヤ人は高利貸し以外にこれといった仕事につくことを許されなかった。
それでも彼等はしぶとくその社会の中でもがき続け、生き続けたのである。その結果、財産を築くことで唯一の牙城を作り得た彼等を批判することができるのであろうか。
日本人が、こういった西洋発の思考をそのまま上辺だけで受け取り、国際ユダヤ資本が世界を蝕んでいるという者がいるが、西洋人の深層的・潜在的なユダヤ人との対立感情から出た思考や思想をそのまま受け入れると間違う。
日本人には全く縁のない、激しい差別社会の中から生み出された「思考や論説」。
この問題に限らずであるが、日本人は、西洋人発の思考や論理を、彼等の歴史や宗教的なベースメントを無視して単純に受け取ってはいけない。これが「進歩した考え方である」などと。愚かさの極みである。進歩でもなんでもない。彼等の都合に過ぎない。それを綺麗事の達人の装飾に惑わされて「フラフラヨロメイテ」いるのが日本の「知識人とか」に他ならない。
古くからの日本史を総覧すれば、日本人の方がはるかに理知的で進んだ(というか西洋人やユダヤ人の理想とする)社会をすでに手にしていたのである。不幸なことにそのことに一番気づいていないのが日本人自身であるということだ。
イザヤベンダサン(山本七平)の有名な著作「日本人とユダヤ人」の中に以下のような一節がある。文章の中では、彼の知人がニューヨークに行った際、当時はまだ戦後間もない頃であったというが、日本人と言えば、「敵国人」として、激しい憎悪の対象とされたのであるが、ある高級ホテルに宿泊した時、周囲の宿泊者がほぼ全てユダヤ人であったというくだりである。彼等はほとんど長期宿泊者(定住者)であった。
当時、周囲のユダヤ人達は日本人に対して、むしろ親しげに接してきたという。ある日、その山本氏の知人の日本人が同宿のユダヤ人に聞いた。
「あなた方御一家はどうしてこのホテルにお住まいなのですか。ここの部屋代その他を考えれば、快適な立派な郊外の住宅で、もっともっと豊かに楽しく生活できるでしょうに。」
するとそのユダヤ人は答えた。
「ここは安全ですから。このホテルは国賓も泊まりますし、外国の著名人や賓客も泊まりますので、もし事故があると大変なのでニューヨークの警察は常時特別に警戒していますし、それに連邦政府の秘密警察が絶えず警戒しています。さらにホテル側でも、外国の賓客などに事故があったらそれこそ大変ですから、超一流の警備会社と契約して、最も有能な制服、私服のガードマンに絶えず警戒させていますし、ホテル自身にも警備員がいます。その上、フロントその他も、警備と言う点では絶えず教育され訓練され、行きとどいていますから、ここより安全なところはないわけです。安全にはコストがかかります。(中略) ですから、まず自分の生命の安全を第一に考えて、この安全のためには、たとえ他の支出を削れるだけ削ったとしても、当然のことではないでしょうか。」
有史以来、日本に住む一庶民がこれほどの意識で生活した経験があろうか。しかし、彼等ユダヤ人達は、このおよそ二千年の永きに渡り、かような生活を余儀無くされてきたのだと言える。
つい20ー30年ほど前までは、家の中には壁という壁もなく、鍵もかけずに、隣のオヤジがイビキかいて寝ている姿を歩きながらでも、呑気に眺められたというのが我々、日本国の姿であった。
そんな「呑気で平和な」感性しか存在し得ない「世界史的には極限的平和国家」であった日本人の感覚だけで、世界史のうねりの中に「強制的に巻き込まれた」幕末以降の日本の歴史や出来事を解釈するなど馬鹿げた論外である。
幕末以降の日本の歴史を語る以上、同時並行的に世界史を連動させなければ無意味である。それを欠いては、戦後の「反戦平和念仏」の社会党と同レベルである。
ユダヤ人や国際ユダヤ勢力というもの(実態は恐らく陰謀めいた、組織的、意図的に張り巡らされているというようなものではない)についても、より俯瞰的に西洋史におけるユダヤ人との関わりを踏まえながら冷静に、融和的に考えてゆく必要がある。これは総合的に考えて、ユダヤ、キリスト教文明の問題である。
そのような検証ができるのも世界の中では日本人を置いて他にないであろう。

