個人的な話から始めるが、比嘉愛未という女優がいる。
彼女を見ているといつも自分の母親を思い出す。
顔つきというものは、実はいくつかの類型に分けられる。自分の血縁を探る重要な足がかりになるのである。
比嘉という名字は、沖縄の人だ。
以前、西麻布でとても世話になった印象深いバーの店員さんがいた。その人の名が比嘉さんといった。
その比嘉さんは、なぜか長野の人だった。彼自身自分のルーツは沖縄だろうと言っていた。
長野ともなぜか関係が深い。自分の母方の祖母は今井というが、長野由来である。
私の高校時代からの無二の親友に吉田という姓の人がいる。彼の先祖は沖縄の王族の末裔で、明治維新の時、廃藩置県で武士がなくなった時、
「武士以外の生き方はできない」
と言って、腹を切って死んだらしい。
ところが、私の母親の結婚前の姓は、吉田という。
私の母方の吉田姓は、足利氏に関係がある。
先祖調べというのは、このような「直観的」な進め方をして、しだいに追い詰めてゆく。
今はネットでさまざまな情報が掲載されている。個人的な先祖の情報も記載されています。
それぞれに、家に伝わる情報と、自分の身近な人間の情報を掛け合わせることで先祖調べを進めると良いと思います。
自分が出会い、関わりのある人間関係は、ほぼ過去の自分の先祖との人間関係と深く関わっていることは、私の経験上ほぼ確実です。
自分が最近ご縁のある人が二人とも誕生日が同じでした。その二人の先祖を調べると共に、山口の大内氏の末裔だった。
人間関係というのは本当に不思議なものです。
こう考えると、日常の出会いも面白いものになるのではないでしょうか。
しかし、こんなことを言うと、
何の根拠もない。
と考える方も多いと思います。
しかし、科学的な100%の検証にのみによって、物事の成否を判断するという考え方自体、もう古いと私は思っています。
歴史上のどんな発明や発想も、始まりは瞬間的に起こったビジョンからです。
理屈は後付け。
だから先祖調べも同じように直観先行で、理屈は文書やネットの後付けでよいのです。
さもなくば、「結論」は自分が死んでから数十年、数百年後ということになります。
「科学」を絶対視する時代自体そもそも終わりに近づいているのだと私は感じています。
そういうことと、現代女性が力を得ていることと関係があると思います。女性は直観を重視する生き物ですので。

