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今改めて日中関係史を考える

平成27年8月24日 日本史
戦前期日本政界の黒幕 頭山満ー前列右 と 孫文ー前列中央
戦前期日本政界の黒幕 頭山満ー前列右 と 孫文ー前列中央
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近現代の日本と中国との関係を正しく知る上で必要な歴史的知識。それを得るには阿片戦争から始める必要がある。

アメリカとの独立戦争の戦費調達などのため、資金を必要としていたイギリスは、植民地インドで栽培したアヘンを中国国内で売りさばく。清朝では末期からアヘン吸引の習慣があったが、被害が拡大したため、これを禁じた。これに逆切れして起こしたのが阿片戦争であり、結果イギリスは香港、上海などを開港、割譲させる。

分かりやすく言えば、ヤクザの麻薬売買を摘発し厳しく罰したらヤクザが逆切れして、警察を叩きのめした。という感じに近いのではないか。麻薬に関する一般的な受け止め方は、現代よりも厳しくはなかったとはいえ理不尽な話である。

これほど、屈辱的な形で香港を占領され、1999年まで領有されていたにも関わらず、中国はそれに関して何ら声を上げることはない。日本に対する態度とは対局的である。これは、彼等の利益優先主義からのものなのか、白人コンプレックスが潜在的にあってのことか、それ以外の理由もあるのかは不明だが。

さてその後、朝鮮の支配権を維持しようと画策する清朝、中国の支配から脱却させ、専制的前近代社会から近代的な社会へ変貌し、朝鮮をも西洋に伍する東洋の一国家へと変貌させようと考えた日本とが日清戦争を行い、中国があっさり敗北するのを見た西洋列強諸国により、中国は弱いと侮られた結果、ロシア、フランス、ドイツ、アメリカなどの西洋諸国から湾岸地域を中心として虫食い的に領土を割譲させられ、あるいは様々な不平等条約を締結させられるにいたる。

この後、清朝は滅ぶが、それ以降中華人民共和国建国までの期間は実質上中国は国家としてのていをなしておらず、軍閥や馬賊、海外の軍隊などが諸地域を支配する状態が続いたと言っても良いと思う。

第一次世界大戦の勃発やヨーロッパ、アメリカからも距離的な問題もあって、やがて西洋諸国が中国から遠のき満州地域を中心として日本の影響力が増した。満州国の建国後、リットン調査団が満州国は健全な独立国かどうかを調査した結果、日本の傀儡であり国家として承認すべからず、との報告をもたらしたが、この調査団は、「こともあろうに」イギリス人を中心とする調査団である。西洋人にとって、日本が中国の権益を独占することに不快感(気に食わない)を示す行為であったと言えよう。

通常、満州事変とか盧溝橋事件とかから始まって、日本は中国を侵略した。という話から始まりお決まりの文句へと繋がってゆく。酷いことをしたんだと。これは、西洋人から見た場合、実に都合の良い歴史観であって、戦後占領軍がことさらに日本を否とするために日本人への歴史観の操作を行ったことの結果によるのではないかと私は思っている。

「軍部の暴走」という言葉がある。一般的には関東軍の暴走を示し、満州国建国の過程からのことを発端として、軍部が暴走したということになっているようだ。

私は改めて日中戦争のことを見直してみた。個人的には関東軍が長城以南に攻め込んだことをもって、軍部の暴走と呼びたいと思う。当時中華民国と満州国との国境線は長城(万里の長城)とされた。

昭和天皇は当時、長城以南への軍の越境に関して懸念をお示しになり、参謀本部からも現地司令官に対して、陛下の懸念を伝えている。にもかかわらず、関東軍は長城を越境した。これこそが軍部の暴走であり厳罰に処せられるべき大罪であると私は考える。この辺りのことに関してはさらに調べる必要があると思っている。

その後の日中戦争は、日本と国民党との戦いである。ナチスドイツは当初中国と同盟を結ぶつもりで、国民党軍に軍事顧問を送っている。今となっては、国民党と同盟してもらいたかったものだが。アメリカは蒋介石を支援したが、戦後日本との共闘すべきであったという意見もでた。

今年、中華人民共和国は抗日70周年ということで盛り上がっているが、日本軍と中国共産党軍はほとんど戦っていない。当時はまだ弱小であり、国共合作後わずかに「八路軍」として、国民党軍の一部隊的な存在として、主にゲリラ戦を行っていた。今で言うところのアルカイーダとかイスラム国とかと変わらない。

日本と戦ったと言えば見栄えが良いから言っているようなものであり、共産軍は毛沢東を始め、中国西部の山奥に潜んでいた。大戦後、日本との戦いに疲弊し、民衆からも評判が悪かった国民党を、民衆の支持をしだいに獲得しながら勢力を拡大しつつ、台湾に追いやったのである。

戦後、蒋介石は、日華平和条約で日本への賠償請求を退けた。日中戦争と中国共産党とは実はあまり関係がないのである。当時の連合国も国民党を正規の中国政府と見なしていた。

話は満州国に戻る。近代中国建国の父、孫文は日本による満州地域の領有に関しては承認していた。何故か。満州、所謂中国東北部とは、清朝皇帝の郷土であり、清朝時代、一般中国人は禁足地であった。歴史的に、長城(万里の長城)以北は、中華思想からすれば夷狄の地、即ち、日本やモンゴルと同じく外国であるという認識であったからだ。満州地域が正式に中国領と認識されたのは中華人民共和国建国後のことである。

中国という国家は面白い国家であって、古代から中原を支配した者が中国を支配する。そういう慣習になっている。中原とは漢民族発祥の地とされる地域であり、現在では黄河中下流域一帯を指す。

以前、中国のある財界人だか知識人だかの書いた書籍を読んだことがあった(この書籍は中国本土では発禁らしいが)。仮に関東軍が中原を制していたら、東条英機は中国の英雄になっていたであろう。ヌルハチ(清朝初代)、チンギスハーン(元朝初代)も東条英機も中国人にとっては同様の存在。ただ違うのは東条英機は敗者だということだ。

中国では敗者は人間扱いされない。牛豚と変わらないのであって、奴隷同然であるんだから何を言われても文句は言えない。事実、勝者が敗者の人肉を食する習慣すらあるお国柄である。日本人には想像出来ないほど過酷な風土なのだ。織田信長が浅井長政のドクロ杯で酒を飲んだ、など彼の国ではかわいいものでしかない。

彼等にとって歴史の真実などどうでもよい。言われたとおり従えば良いのだ。それが中国人にとっての「歴史認識」というものである。日本人の歴史観と中国人の歴史観が共有されるはずはない。

先の中国人の書籍にはこうもある。しかし、やがてその国家が滅びるとその地域は中国領になる。満州やモンゴルのように。こうして中国は領土を拡大してきたのだ、と。

満州人はもともと独自の言語を有していたが、今は殆ど忘れ去られ、かつての文化は滅亡したと言って良いであろう。辮髪も満州人の習俗である。

「清」の次に「日」という国家ができたとしてもやがて滅びる。「奢れる者も久しからず」である。その後、日本も中国領になったかもしれない。そう考えると負けるが勝ちだった、と言えなくもない。

しかし、満州国を米国などを巻き込んで上手く運営できていたとしたら、今頃満州は、イギリスにとってのアメリカのように、五族共和の国家として多いに発展していた可能性は充分にあったと考えられる。

事実、中華人民共和国建国後、産業の中心は旧満州地域であったからだ。これは戦前日本がこの地域の工業化を行い、その遺産で生産活動が活発にできたからであった。

孫文、金玉均(朝鮮独立近代化を主張した政治家)、蒋介石、周恩来。彼等はみな日本への留学経験がある。現代韓国の実質上の建国の父と言える朴正煕は日本の陸軍士官学校を出ている。東アジアの多くの若者が日本に学んだ。

明治期、福沢諭吉も岡倉天心も、アジアがひとつになり、西洋からの圧迫に対抗しようではないか、と訴えた。
しかし、中国も朝鮮にもそのような気概はなく、前近代的な価値観に縛られたまま自滅の道を歩んだのであった。福沢諭吉はアジアに失望し「脱亜論」を唱えるに至る。日本はアジアにおいても孤独であった。

戦前期においては、中国の軍閥や政府から、日本へ軍事的な支援を要請されることは度々あったが、現代においては、たとえ「土下座」されても大陸には行かないだろう。世の中の仕組みも変わったし、大陸という「巨大なリスク」をわざわざ背負う理由はどこにもないからである。

馬鹿な日本の言論人が「再び侵略」みたいなことを言ってヒステリックに叫ぶことがある。私はこういう人達を馬鹿馬鹿しくて見ていられないのである。

(写真: 1枚目 戦前期日本政界の黒幕 頭山満ー前列右 と 孫文ー前列中央、2枚目 頭山満ー左 と 蒋介石ー右)

頭山満ー左 と 蒋介石ー右
頭山満ー左 と 蒋介石ー右

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