昭和初期、日本が中国大陸においてずるずると戦争の道を歩み始めた頃以降の時期を、我々はこの国のファシズムの時代であると、感覚的に思っているところがある。
自分もまた、「漠然と」あの時代の日本を、「ファシズム色」に染まったイメージとして、脳裏に印象付け、関連付けている部分がある。
これは戦後のメディアにおける刷り込みの影響を自分もまた受けている証左である。
ファシズムとは、マルクス主義の亜流なのではないか。そう最近では思っている。だとすると戦前の日本はファシズム国家の衣をまとっていたわけではないのではないか。
何故か。
ナチスの正式名称は、日本語で「国家社会主義ドイツ労働者党」である。この名称だけを見たら、誰でも左翼系の政治団体のイメージしか浮かばないだろう。またイタリアのファシスト党の首領ベニトムッソリーニは、二世代に渡るがちがちの社会主義者であり、父親は第二インターナショナル(マルクス主義者の世界組織)に所属していた。
近衛文麿とその取り巻きが社会主義者であったといわれるが、ムッソリーニやましてヒトラーなどには比較すべきもない。
ファシズムは共産党を敵視し排撃したが、ファシズム体制とは、いわば国家に国民が一丸となって忠実に従う(従わされる)システムであり、かつそこに象徴的な存在としての王や皇帝は存在せず、「平民的なカリスマ」「民族」「国旗やシンボル」の元に国民が忠誠を誓うシステムである。
イタリアには当時王政があったが、ナチスドイツにも、スペインのファランヘ党のスペインにも、王も皇帝も存在しない。
中国の毛沢東共産党政権と、ソ連のスターリン共産党政権と、これらファシスト政権の違いの決定的なところは、民族の自覚を促し、自らの歴史や伝統を肯定するか、否定するかの違い、及び資本家企業を認めるか認めないかの違いだけである。
ムッソリーニがレーニンと親交を持ち、彼らから徹底的な教育や薫陶を受けたにも関わらず、最終的に共産主義者にならなかった、決定的な差異は、彼の中に流れる抜きがたい民族主義によるものであろう。それは恐らくイタリア人としてのDNAによる意識の問題と大きな関りがある。
日本には、北一輝や戦後では田中清玄などの人物がいる。かつてはかなり熱烈なマルクス主義者、社会主義者であったにも関わらず、自身の魂の中にある、「天皇」という存在への抜きがたい意識によって、右翼へ転向した者達である。文化的な土壌は日本とイタリアでは違うが類似の作用なのかもしれない。
では北一輝はファシストと言えるのか。私は厳密には違うと思う。
かつて、イタリア人の知人と話をしていた時、彼がこのように言った。
「日本人とイタリア人には共通項がある。何か分かるか。イタリアにはマフィアがあり、日本にはヤクザがいることだ。世界でこんな組織があるのは日本とイタリアだけだよ。」
話が脱線した。これは今回の文章とは関係のない余談である。
さて、
共産党は、経済を完全に国家が独占し、国家により計画的に経済運営を行う。ファシズム政権は企業は認めるが、国家の影響力は絶対であり、企業とは言え、国家の指導や方針には逆らえないと言えるだろう。
いくつかの思想的な違いはあるものの、そこに生活する国民または人民にとっては、両者のシステムに、ほとんど差異相違はないと言えるだろう。
共産党もファシズム政権も、国家が人間をすべて統制し、党に忠誠を誓わされ、全体主義的に従わされる政治システムである。それに従わないものは処罰される。
では戦前の日本はどうであったか。
天皇が存在し、昭和期には共産主義に対しては特高による厳しい規制があった。大政翼賛会が一党独裁国家の政治システムと比較されるがもっとゆるい糾合であって内実は違う。当時の日本の政治体制はむしろ、欧州における一世代以前のドイツ帝国、オーストリアハンガリー二重帝国、フランス王国、などのほうが比較の対象としてはより近いし、さらに言えば大英帝国により近いと言えるだろう。
「女王陛下のために」
と英国人は言うではないか。日本人は英国人ほどウイットはないにせよ。
日本にはムッソリーニやましてはヒトラーのような強烈なあるいは絶対的なカリスマは存在せず、あくまでも立憲君主制度における合議制の下で、戦争の決断も遂行も行われたからである。当時のドイツ、イタリアとは明らかに異なるシステムである。
「天皇陛下万歳」と言って天皇に忠誠を強制されて、不幸な戦争を遂行された。
という言説が一般的に行われているが、天皇陛下への忠誠を強制されたと自覚して戦争に参加していた日本人は、当時においては、マルクス主義者のような特別な存在を除き、ほとんどいなかったと言えるだろう。当時の日本人にとっては、幕末期以来の西洋植民地主義のアジアにおける台頭から逃れるために、これらの脅威から身を守ること以上に重要な決意は存在しなかった。戦後の日本人はこの、最も重要な問題を抜きして戦前を日本を語ってきたように見える。
戦時体制とは、人間の歴史において、世界中すべての地域、民族、人種の中においても、それを遂行するために、何等かの忠誠心を持つことを必要とされるものである。対象となるものの違いがあるだけのことである。
ナチスドイツは、第一次世界大戦後の戦後賠償の苛烈さによって、国家が崩壊し、国民生活も崩壊した。資産家達もハイパーインフレの発生によって、無一文に帰した。当時、為替の仕組みと運用にたけていたユダヤ人はこの被害を免れた。こういった、問題と、ヨーロッパキリスト教世界の中において古代から根強く存在する、反ユダヤ思想とが相まって、かつ共産主義を生み出した者はユダヤ人であるという、もろもろの問題の融合の果てにナチスの台頭となったのである。
日本はキリスト教社会でもないし、戦前期において、社会主義や共産主義が政権を取りうるほど大きな勢力にもなっていなかった。ドイツやイタリアとは土壌が全く違う。
戦前の日本にファシズムは存在していない。
というのが私の結論である。戦時の総動員体制が、戦後の体制下で維持され、これを「動力」として、朝鮮戦争の特需からの戦後の高度経済成長を成し遂げたことを考えると、戦前の日本よりも、戦後の日本のほうがよりファシズム(社会主義あるいは国家社会主義)に近い部分がある。しかし、それは「経済政策」に限られる。
何かの書物で読んだ記憶があるが、日本では戦前のほうが、より純粋な意味での資本主義社会に近かったという説を聞いたことがある。確かに戦後の日本の経済体制は、官僚指導の護送船団方式などと言われ、国家の統制下に経済発展した形跡が強く感じられる。しかし、そういう「戦後システム」も平成期に入り翳りが見え衰退している。日本の戦後方式は終焉したと言えるだろう。
新たな時代の幕開けとなる価値意識が求められている。
(写真:北一輝 wikiより)
