戦前、永井荷風が居住した「偏奇館」という建物。(写真2枚目、位置は写真3枚目中の赤四角点)
六本木一丁目の泉ガーデンタワーという駅ビルの真ん中あたりにあったようです。(写真1枚目)
これが前回話をした、和宮の邸宅跡の道を挟んで正面辺りに、昭和20年3月9日の東京大空襲で焼けるまでありました。
3枚目の地図には東久邇宮邸と書かれているところが、旧和宮邸であったわけです。
また、この地図で東久邇宮邸の正面に交番がありますが、この辺りには戦後、外務大臣公邸があり、吉田茂やGHQの担当者、白洲次郎などが、日本国憲法の審議を行った場所で、今も石碑が建っています。(写真4枚目)
公邸の後ろの崖下には江戸時代同心長屋(写真5枚目)がありましたが、ここに事務所がありました。
今非常に発展してきていますが、不可解な歴史を持つ土地です。
(写真3枚目は、HP『東京紅圓』より)





