私は飽き性で、むらっきがあり、物事が長続きしないところがある。
こういう文章を書き始めてもう3年近くになる。正直こんなに長く続いていること自体、自身驚きである。
ここに文章を書く時、ほとんど長くても1時間程度、短ければ瞬間で書く。
ほとんどの場合、朝起きた時、頭に浮かんだことがあり、体を起こすまで10ー30分くらいの間に文章の骨子が出来る。
起きる前までにまとまらない場合は、外に散歩に出ている間、歩きながら、パラパラとまとまっていく。
さあ書こうと意気込み机に向かっても大したものは書けない。そういう時に書いたものは、味気ない、焦点のづれたものになりがちだ。
常識や理屈が働いて書いたものはつまらなく、自分のためにもならない。不思議なものだ。
私にとって文章は、「別腹」である。
先程読み終わった書籍にこうある。
『ーー現実と思考(認識)のギャップをつくらないようにするためには、歴史を知り、知識を増やし、日々情勢を観察し、独自の見解を持ち、世界を動かす構造を知ることが何より重要でしょう。さらに好き嫌いで判断しないこと、偏見を持たないこと、差別をしないこと、マスメディアやタダで手に入る情報は鵜呑みにしないこと、こだわりや思い込みを排除すること、常識と反対のことを常に考えること、そしてよく調べることなどが必要でしょう。ーー』(『この国を縛り続ける 金融・戦争・契約の正体』より)
確かにそうだと思う。しかし、そこまでバランスを保つためには、個々の常識や知識、経験、環境、通念が邪魔をする。
なんの脈絡もなく、瞬間的に感じたことの99%は正しいという。しかし、人間は、そういう脈絡のないことを100%正しいと信じることはなかなか出来ない。そしてあれこれ考え始めるが、考えれば考えるほど真実から遠ざかるものだ。
思考、知識と真実の狭間を埋める作業、これが重要なことなのである。
瞬間を逃す者に真実は味方しない。
(写真:椿大神社)

