昭和天皇の弟君に三笠宮崇仁親王殿下がおられます。日本オリエント学会の会長を務められ、日本におけるオリエント史研究に大きな功績を残しておられます。著書も多数あるようです。
その中の一冊。古代メソポタミアの神々―世界最古の「王と神の饗宴」(監修:三笠宮崇仁親王)がありますが、アマゾンにおける書籍紹介文には下記のようにあります。
『世界最古の文明の地・メソポタミア。そこには日本と同じく八百万の神々が住み王たちとの壮大なドラマが展開されていた。これは「バベルの塔」「ノアの方舟」などの神話を物語る、まさに起源の書。』
皇族の方がこのようにオリエント文明に関する研究をされているということ。オリエント文明とは、シュメール文明であり、バビロニア文明などが中心となるが、何か皇室の歴史とこれらとの関わりに関して語られることがあるのであろうか。
さて、天孫人種系の太古人種は、日神、火神、海神など三神を並祀するのが通例で、そうでないものは稀であると、この著作には書かれている。
造化三神という言葉があるが、住吉三神、宗像三神など三神を並祀する神社は著名な古神社に多い。
物部の祖、ウマシマジは、セミチック・バビロニア語のマシュマシュ、マシマシから来ており、語源は、禁厭を掌る神職の意味であるという。武の意味は後年の誤釈であるというところまで。
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アク(飽)は火神ギビル族の本拠、吉備兒島(児島半島)の地名に、アクバ(飽波)は駿河の神社名に、アゴ(吾、英虞)は志摩の神名地名に、アコギ(阿漕)は伊勢の地名に、アキ、アギ(阿紀、飽、安芸)は大和、安芸の神名地名に、アキツ(明津、秋津)は天皇の尊号、本州の国号、大和の地名に、アキバ(秋葉)は遠江の神社名に、アカ(明、明光、赤)は播磨、河内、紀伊、上野の神社名地名に、アタゴ(阿多古、愛宕)は丹後、山城の神社名地名に、更に変化してイクタ(生田)は英虞神を祀る摂津の神社名に、カグ(香、香具)は大和紀伊の地名に、カラクニ(韓国)は大隅の山名に、カゴ(鹿児、香語)は第二の王都たる大隅、尾張氏等の神名地名に、カコ(加古、可古)は播磨、丹後の神名地名に、コ(籠、高、児、古)は丹後、備前、大和、伊豆等に神名地名として存じ、各火神に縁故を有す。
また火神は日神ウツの子という思想に因って、若狭彦神即ちワカウツ、新田神即ちニイウツとも称えた。
アグの配偶神タシメーツはタフシ、タフセ(荅志、塔世)に訛りて男神と共に志摩伊勢の地名に、ギビルは吉備、大隅の霧島山に、ナブは変化してニフ(丹敷、丹生)となり、紀伊、大和、若狭等の神名、地名、人名として伝わった。
其の他、スメル語のナグ供御、神饌、犠牲の義は奈具神、名木神、奈為神で皇室及び丹後地方に御食津神として祀られ、深淵をズアブと言うは、信濃下諏訪、周防屋代島に各海神が祀られ、海をアアヅバと言うは、橘に変化して日向の大隅国海三神の原所として伝わり、海岸をアハと言うは、アハ、アハギ、アハラギ、アハハ、アナバ等に転訛し、アハ(淡、安房、阿波)は淡路、安房、伊豆、遠江、伊賀、大和、志摩等の神名地名に、アハギは橘小戸の阿波岐原に、アハラギ(阿波羅岐)は志摩の地名に、アハハ(阿波々、鴨波)は遠江、播磨の神名地名に、アナバ(阿奈波)は伊予に神社名として残り、各海神に縁故がある。
また魚をハと言うは、我が国に於いてハタと言い、鰭廣(ハタノヒロモノ)、鰭狭(ハタノサモノ)、八太造、博多津の名に残り、セミチック・バビロニアン語で魚をヌヌと言うは、我が国に於いて、ヌ(沼、奴、怒、淳)と言い、筑前、安芸、備後、伊予、摂津、伊勢、伊豆等の神社名地名に、変じてナ(儺、難、名、魚)は筑前、四国、摂津その他魚の古語に、ノノ(野々)は伊予の地名及小児語の神の義に用いられ、ノ(野)は安芸、伊予その他に、これ等の語は海神鎮座の縁語として存す。(*鰭は常用ではキ、ヒレと読む)
このように、古代に於ける地名人名等はほとんど祭神名に起因する。日本の大号をオホヤマト(大日本)と言うは、海神ヤーの神たる大和国大和邑大和神社に、本洲を秋津洲と言うは、火神アグの神たる大和国南葛城郡秋津村の秋津神に、四国を伊予州また伊予二名洲と言うは、海神ヤーの太魚の義で、ヤーの神の本国伊予大三島大山積和多志大神(国幣大社山祇神社)に、九洲を筑紫洲と言うは、隼人、前出雲派の祀る月神たる筑紫国筑紫郡筑紫村筑紫神社に起こるの類である。
天孫降臨して薩摩吾田の長屋の笠狭に第一の王都を定めらるるにあたりて、先着者たる吾田国主長狭(日神)族は、長屋(海)神と長狭(日)神とを並祭し、伊予国越智(日神)族は、大長宇津(日)神と大山積和多志(海)大神とを、紀伊国名草また宇治(日神)族は、名草(日)神と竈山(海)神とを、豊前国宇佐(日神)族は、八幡(海)神と宇佐(日)神とを、筑前国安芸連名草(日神)族は、綿津見(海)神と宇都志日金折(日)神とを、大和国珍彦(日神)の裔、長尾市(日神)族は、海神たる大和神と日神を並祭した。これ等の氏族は日神を以て称名した。
バビロニアに於いて、日神ウツは海神ヤーの子である。
我が国に於いても海神を祖神として主祭するものは、その子日神名を以て称名とした。古事記に、安芸連は綿津見神の子宇都志日金折命の裔と言い、神功紀に磯賀海人(シカノアマ)名草とあるは、原始思想を伝えたる、その一例である。
また、日神を主祭するものは、其の子火神名を以て称名とする例で、天孫人種系の諸氏にして、この三神を並祀せざるものはほとんど稀である。
この三神並祀は原始時代に属するする氏族であって、古代に属する氏族は、日神、火神の二神又は火神と海神の分化神たる海神の並祀、或いは日神を祭祀する例である。
セミチック・バビロニアン語で禁厭を司る神職を、マシマシ、又はマシュマシュと言う。我が国に於いて、物部連の祖、饒速日命は禁厭を掌ると言い、其の子宇摩志麻遅(ウマシマジ)命は、即ちマシマシの神名であって、現に物部神社に祀られてある。
物部の物は朝鮮ツングース族の霊の義、部はマラヨ・ポリネシアン語のベト雑人の義で、本来前出雲派語の神部と同語、古国語の神祇の職名であって、断じて旧説の如く、その語源は武夫の義ではない。
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『古代メソポタミアの神々―世界最古の「王と神の饗宴」』(監修:三笠宮 崇仁親王)
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