伊勢の御神体 八咫鏡とともに残り二つで三鏡あったという驚くべき真実。
古代シュメールの日神たる天照大神(天照陽之大神)を祀る伊勢の前霊として、紀伊半島から大和への西の出口(東の出口は伊勢となる)に鎮座する日前・國懸神宮(ヒノクマ・クニカカス)。
祭神は、日前大神、國懸大神という。伊勢神宮の御神体である八咫鏡に先立ち、作成された日像鏡、日矛鏡がその御神体である。
古来、全国の有力神社に与えられた神階であるが、伊勢神宮と、日前・國懸の3社のみ位階は与えられなかった。それほどに重要な神社であるにもかかわらず、近年ほとんどその名を知られることがなく、ひっそりと和歌山の地に鎮座している。
日前大神の御神体である、日像鏡であるが、これは以前私が書いた、「天孫人種六千年史の研究 を読み解く」の中でシュメール文明における3種の神器のひとつとして挙げられていたものである。以下、引用。
『我が国において、天皇をスメラ、スメラギと申すスメラは、スメルと同語、かつスメル国と皇(スメ)国と一致して神国の義であり、天皇を秋津(あきつ)神と申すは、スメル語の火神(アグツ)の義、日神(ウツ)の御子たる火神の権化として、この国土に天降り給うたのである。天皇をスメラギと申すのは、スメル、アグの複称で、ミコト(尊、命)、ミカド(天皇、帝)はセミチック・バビロニアンのミグド(天降る者)の意味で神という言葉である。
バビロニアの
・日像鏡
・月像の首飾り、垂下飾、又は玉製の首飾り、垂下飾り
・武神の表像たる剣
は我が国の三種の神器に一致し、バビロニア及びアッシリアの菊花紋は旭日の美術化で、我が皇室の菊花紋に共通する。』
日前・國懸神宮が、日本の本源を探る上でいかに重要な神社であるかは、まさに私自身の驚きをも伴いつつ、確信せられる。
以下、当神宮の御由緒より、
『謹みて按するに日前大神國懸大神は 天照陽之大神の前霊に座しまして 其の稜威名状すべからざるなり 太古 天照大神の天の岩窟に幽居ましし時 群神憂ひ迷い手足掻くところを知らす 諸神 思兼神の議に従いて種々の幣帛(へいはく-神前の供物)を備え 大御心を慰め和わし奉るに當て 石凝姥命(イシゴリドメ) 天香山の銅を採りて大御神の御像を鋳造し奉る』
天照大御神のことをここでは、天照陽之大神と書く。まさに日神そのものをあらわす。
『これ伊勢大神宮奉祀の八咫鏡 日前神宮の日像鏡 國懸神宮の日矛鏡となり而して天孫降臨し給ふに當り 日像鏡 日矛鏡 を以て紀伊国造家 肇祖 天道根命 に授け給ひ寶祚(ほうそ) の無窮を祈らしめ 、、、、』
鏡は三つ作られ、一つは伊勢神宮に、残る二つを日前・國懸神宮の御神体とされた。
最近宗像大社へ行った際に発見した、古代有力七社は、伊勢、宗像、熊野(出雲)、日前・國懸、安房、鹿嶋、香取であった。
驚くべき神社がこの地和歌山にはある。
以下、wiki における当神宮に関する記載。
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神体の鏡について
神体の鏡はいずれも伊勢神宮内宮の神宝である八咫鏡と同等のものとされる。八咫鏡は伊勢神宮で天照大神の神体とされていることから、日前宮・國懸宮の神はそれだけ重要な神とされ準皇祖神の扱いをうけていた。日神(天照大神)に対する日前神という名称からも、特別な神であると考えられている。また、伊勢が大和への東の出口に対して、当社は西の出口にあるため、伊勢神宮とほぼ同等の力を持っていたといわれている。
神階について
日前神宮の祭神である日前大神は天照大神の別名でもあり、朝廷は神階を贈らない別格の社として尊崇した。神位を授けられることがなかったのは伊勢神宮をおいては日前・國懸両神宮しかなかった。なお、日前大神が天照大神の別名とされることについては諸説がある。
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(写真:案内板-両社は同じ社地に鎮座、日前神宮、國懸神宮、宗像大社における古代有力七社の案内板)




