和歌山市から路面電車のような小さな電車。一時間に2本くらいしかない電車に乗って、紀伊国一之宮を行く。
日前・国懸神社については前回記載した通り。
三社とは、これ以外の二社、伊太祁曽神社と竈山神社のこと。
伊太祁曽神社は須佐之男命の子、五十猛命(大屋毘古神)及びその妹、大屋都比賣命、都麻津比賣命の三柱を祀る。三神とも木の神。日本全国に木を植えて、紀ノ國に鎮まったとされている。
紀伊国は木の国ともいう。
須佐之男命は母親の魂と邂逅するため朝鮮半島に渡るが、五十猛も同行したのだろうか、その地で植樹についての知見を得たようだ。
帰国後、全国を巡り植樹した後、この地に鎮った。出雲で難のあった大国主は後、この地を訪れているという。
社地全体に心地よい神気が漂っており、『パワースポット』好きには大いに好まれそうな神社である。非常に気分の落ち着く神社である。
伊太祁曽神社は、もと日前・国懸神社のあった場所にあったが、国譲りによってこの場所に遷移したのだという。とはいえ、当時の社地は現在の社地より500mほど離れた場所であったらしい。
三社の残り一社。竈山神社は、神武天皇の兄、彦五瀬命が祀られている。
神武東征の折、大和『国譲り』に際して、ナガスネヒコがこれに従わなかった。
彦五瀬命はこの地でナガスネヒコの放つ矢にあたり、命を落とした。社地内には、彦五瀬命の御陵もある。
これら三社は、電車で移動しても3~5駅以内の場所に隣接しているが、この狭い範囲内に、アマテラス、スサノオ、神武天皇という日本古代史の歴史に関わる史跡が凝縮された日本国内においても極めて重要な一地域であることを伺わせる。
この地を訪れ神々に祈りを捧げることで、魂がひとつの終着点に達したことを体感することができる人もいることかと思う。少なくとも自分はそうであった。
この場所は、秘跡の一つと言える。多くはこの地を訪れることがなく、注目もされないからである。
本居宣長が竈山神社参詣の折、詠んだ一句
「をたけびの かみよのみこゑ おもほいて あらしはげしき かまやまのまつ」
(写真:1~6伊太祁曽神社、6~8彦五瀬命 竈山陵、9~11)













