自然現象、例えば地震とかそのような災害が起きるリスクについて事前にあれこれ言ったところでどうなるものでもない。いたずらに恐怖感を煽るだけで良くない。
こういう考え方がある。
しかし、私がこれまでいろいろな諸現象を見るに、人は起こりうる事象の可能性について意識化した場合には、それは変移するあるいは変化する気がしている。
例えば地震に例をとる。阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震。これら近年の大地震が起きる前、それを意識化できた人はほとんどいない。
関東や東海に地震があるだろうという話は四六時中あるが、上記の場所で起きる可能性があるから気をつけろという話を事前に聞いた記憶が一回もない。
起きるべき事象というのは、人の意識が「飛んでいる」時が一番危ない、と私は思っている。
精神分析などの治療で、何か問題を解決する時、過去の記憶を意識化する作業を行う。原因となる記憶を意識化できれば快方に向かうという、一連の作業に近いものがあるかもしれない。
意識化できた瞬間に運命は変移する可能性が生まれるのである。
だから、自然災害のこととか、あるいは国際社会や経済状況など、そういうことについて起こりうる事象について意識化することは、それ自体意味があることなのである。
つい最近感じたことがある。
北朝鮮がミサイルを発車した際、Jアラートが出て、東京の地下鉄が止まるということがあった。
この現象を韓国人達が大袈裟だと笑い飛ばしたという話である。
君たちの問題だろうに。あの時に感じた、彼らの危機感の欠如ぶりが非常に気になったのである。
日本のバブル時代全盛期に、これが早晩崩壊することを事前に察知できた人間は非常に少なかった。あの頃の日本人の意識も飛んでいたのである。
これは余談だが。

