平田篤胤は日本人が古来から行ってきた、
神々との日々の関わりについての実践書として、「毎朝神拝詞記」をまとめ、その解説書として、「玉襷(たまたすき)」を著わした。
これに先立ち、本居宣長に「毎朝拝神式」という述作があり、宣長の直弟子を自認する篤胤がこれを基としたことは間違いないようである。 神拝詞記は、篤胤と関わりの深かった伯家神道家から、「古代から伝わる祈りの形を復元したもの」とのお墨付きを得ている。
毎朝神拝詞記の構成は以下の通り
1 風の神
2 天津神(太陽)と夜見の国(月)にいる神
3 顕・幽の世界(国土と衣食住・死後の世界)をひらき、守る神
4 それぞれの国や村を恵み守る神
5 家やその周辺の神(家の神棚により来る神・心身についた穢れを祓う神・禍を塞ぐ神)
6 人の心言葉、行いに恵みを与える神
7 日常生活を構成している諸物(屋敷・穀物・土地(庭)・竈・井戸・厠など)の神
8 学問の神
9 先祖の神
(以上 「平田篤胤 交響する死者・生者・神々」吉田麻子著より)
風の神とは、禍事(まがごと)を吹き祓う神で、原典では龍田風神とあり、これは大和にいるものとされる。
原典を見るとこうなる。
朝早く起きて顔手を洗い、口をすすぎて身を清めて。まづ大和国の方に向かいて。平手を二つ拍ち。額つき拝み奉りて。
オホヤマトノクニ ヘグリコホリ タツタノタチヌニ オオミヤバシラフトシキタチテ シズマリマシマス アメノミハシラ クニノミハシラノミコト マタノナハ シナツヒコ シナヅヒメノカミノ ミマヘヲ ツツシミ ウヤマヒ カシコミカシコミ モ ハルカニオガミタテマツル
まずかく申し。手を二つ拍て拝み頭を上げて。
アヤマチオカス コトノアルヲバ ミナホシ キキナホシマシテ マガカミノ ナサム マガコトヲ イブキハラハシ カキハニ トキハニ オキナガク アラシメタマヒ アマツカミ クニツカミニ ヒニケニ ネギマヲス コトノヨシヲ ミイキノ ムタハセイズルコマノ ミミイヤタカニ キコエアゲタマヒ サキハヘ タマヘト カシコミ カシコミ モマヲス
かく申し終えて拝むこと右に同じ。
(原文は漢字だが、表記が難しいのでカタカナとした。)
以上で第一番。
これが全部で二十五拝あるが、毎朝これを全て行うのは大変であるから、自分が必要と思ったものだけを行うので良いとしたという。
「毎朝神拝詞記」は平田篤胤の説を聞く人々の中でも特に信心の深い者向けに作成された次第であるが、この詞記には日本人が古来、いかにして神々と関わってきたかを伝えるものとして多くの示唆に富んでいるばかりでなく、日本人が、日々の生活の中で、神々と関わる方法の一端を示してくれる貴重な資料であると言える。
平田篤胤は戦後ほとんど顧みられることがなくなった国学者であるが近年見直しが進んでおり、著作が何冊かではじめている。
幕末維新の原動力ともなった平田篤胤。明治維新政府の思想的な柱としても重要な役割を果たしているが、彼の思想を今改めて見直していく必要があろう。

