越中の最古社であると言われており古墳の上に社殿があるのだとも。
現在の社殿は昨年新築されたもので新しく立派なものです。
姉倉比賣は元はこの地より南の天国のようなところにいたがここに領地を与えられ開拓のお役を賜った。
これからは今までのように生活することができないから、機織りをしてそれを人々に教えて生計を立てたのだという。
南とはどこかと地図を見れば、飛騨の位山のほうかもしれない。
位山に天孫降臨した神霊か。
相当に古い話であることは間違いなく、古事記等にも記載のない当地域所縁の女神かもしれない。
当神社自体の創建は、社伝によれば、垂仁天皇の時代、大若子命が霊夢により、陣所の四方に社祠を立て、戦勝祈願してたところ輝かしい勝利を収めたことによるとも。
東は諏訪、西は姉倉比賣、南は神明社、北は田中であったと神社の由緒は記している。
大海人皇子は、当社祭神の加護により社地の大竹を用いて旗竿とし、大勝利後、天武天皇として即位したという。
その後安倍晴明の末裔、安部主水がこの地に居住したとも。
越中には一ノ宮が二つある。射水神社と気多神社であるが、これらよりもさらに古いのが姉倉比賣伝説ということになるのかもしれない。
射水神社、気多神社については後日記する。






