「古事記の暗号」という本を読んでいたら、イエスキリストの弟はイスケヨリヒコというのだという。
神武天皇の妃に、イスケヨリヒメがいる。古事記の名でヒメタタライスケヨリヒメ、別名はホトタタライスキヒメ。
ヒメ、ヨリ、ホトタタラとかヒメタタラというのは、敬称や形容詞のようなもので実際は、イスケ、イスキだろう。
イスケ、イスキというのはイエスキリストという発音に類似する。西洋人がイエスキリストと発音すると日本人は「イスケ」とか「エスケリ」「イスキリ」「イスキ」みたいな感じで聞く。
日本人は昔から英語読みや西洋系言語のイントネーションをこのように聞く事が多い。発音ができないからこうなるとも言える。
日本語は語尾が全て明瞭で強く踏む感じの母音になるので外国語を正確に話せない。語尾が消えるような言葉の発音を聞いたり話したりするのが苦手なのである。日本人が外国語が苦手の原因でもある。
「日本海海戦」という東宝映画があるが、日露海戦前に日本海軍の戦艦の乗組員達が、ロシア艦艇の名前をみんなで復唱するシーンがある。
「クニヤージ・スワロフ(実際は、クニャージ・スヴォーロフが近い)。これは 国親父座ろう(クニオヤジスワロー)や!はっはっは!」
と言って盛り上がるシーンがある。それを思い出す。今で言えば強烈なオヤジギャグといったところ。
イスケヨリヒコ。イエスキリストに関連のある男。という風に解釈できるのではないか。
日本書紀では、イスケヨリヒメのことを、ヒメタタライスズヒメという。イスズというのもイエスあるいはイエズスに近い。
私は個人的には、イエスキリストが日本に来たとは思えない。
しかし、それに関わる人が日本にやって来た。ユダヤ人かもしれない。イエスキリストに縁のある人間だったかもしれない。キリストの弟子に関わる人物かもしれない。
それはあり得る。
イスラエル、イエルサルムなども候補になる。少し離れるけれど。
イエスキリストの弟はイスケヨリヒコ。猿田彦は、伊勢津彦とも言うとある。「イセ」も「イエス」と考える。西洋系言語を話す人がイエスと言うと日本人には、イセあるいはイスと聞こえる。
聞こえ方の解釈というのは重要である。
伊勢神宮を流れる五十鈴川もイスズである。
猿田彦がイエスキリストだという伝承もあるらしい。猿田彦はイスズヒコとも言われる。
これもイエスキリスト本人かどうかはさておき、なにがしかキリスト教かユダヤキリストに関連のある人物が日本にやって来たということかもしれぬ。
鼻が高く赤ら顔。天狗の形相とは、日本人が西洋人を初めて見た時の印象である。
ユダヤ人やアラブ系人種を西洋人と呼ぶべきかどうかはさておき、顔相は近い。インドあたりまで肌の色は別としても顔相は西洋人系だ。ただ赤ら顔というと白人種に近くなる。
猿田彦が白人種に近い西洋系の顔相の人物であることは間違いなさそうだ。
黒船のペリーの人相画があるが。あれはまさに天狗そのものであろう。ペリーも正確に発音できないからペルリとなる。
猿田彦の図とペリーの図はほとんど同じになる。
西洋人をあまり見慣れていない当時の日本人から見ると彼らはこんな感じで見えたんだと思う。
西郷隆盛の実際の顔は不明だそうだが、あの像の顔も少し似ていると言えば似ている。
(写真 : 猿田彦、ペリーの人相書、西郷隆盛像)



