天道信仰は、言葉自体は中国から来たものらしく、人の運命は天地によって決められているという運命論的な思想だったが、日本に入り太陽信仰や山岳信仰と習合して独自のものになったようだ。
山形県の天童市が発祥とも言われているが、地域によって意味あいが異なっている。
対馬の天道信仰は、母子信仰、山岳信仰が習合したもので、母神を山麓に祀り、子神を山上に祀る信仰。本来対馬には、太陽光が女性の陰部に差し込み受胎し子を産むという神話があったという。
マリアの受胎のようでもあるが、太陽神が人間に受胎して子を産むという、ある種の天孫降臨神話に近いものだろう。
また壱岐対馬には壱岐が月神、対馬が日神であるという考え方も存在しているようで、壱岐のいくつもの神社の鳥居に日月のシンボルを見ることができる。
通常は、母神が山上、子神が山麓。という感じで捉えがちだが、子神が山上というのは、太陽神の魂が女性に宿ったからということであろうと思われる。
多久頭魂神社は、そのような対馬固有の信仰による神社で、本来は社殿はなく、天道山(竜良山)を御神体とした神社で、江戸期は密教、修験と習合していた。オリジナルの祭神は多久頭魂神(たくづだま)である。
この神社は、車で行かないと行けない山深いというか、非常に人里から縁遠い場所にある。近隣に畑が見えるが、人家あるいは集落まではかなりの距離がある。
日本の原風景を思わせる神社で山の尾根のような場所の森の中にいくつもの鳥居が立ち並び、三つほどの社殿が段々に鎮座している。
神域というに相応しい秘所を感じさせる空間である。
この神社は島の南端に近い場所にあるが、北端にも天神多久頭魂神社がある。私はこの神社には行けなかったが、写真を見るとかなり雰囲気のある場所で、こちらの神社は磐座のみで社殿はないようである。
ネットで写真を見たのだが、ここは行きたかった。以下に写真のリンクを掲載しておく。
https://yurapuka.net/tsushima/wp-content/uploads/2012/05/rokukannon-002-800.jpg
掲載している写真は全て、島南端の多久頭魂神社より。一番最後の写真のみ壱岐一ノ宮天手長男神社鳥居にあった日月のシンボル。










