羽生という姓氏は関東から東北にかけて多い。羽生という名前での史実は今この時点ではわからない。「ハブ」「ハニュウ」などの呼び方があるが、元は同じであろう。
埴生という姓氏があるが、これが大元かもしれない。千葉県及び埼玉県秩父地方に縁がある。
埴生(はにゅう)氏-房総平氏。千葉氏の系譜。祖は平 常将
将棋の羽生善治は埼玉県所沢出身。アイススケートの羽生弓弦は宮城県仙台市出身。千葉氏は房総から福島、宮城方面に拡がった。千葉氏の大元の平良文は武蔵国村岡(埼玉県熊谷市)及び下総国相馬郡(千葉県北部から茨城県南部地域一帯)が所縁である。羽生市という地名が埼玉県にある。
羽生弓弦の顔は典型的な「平家顔」。
埴生氏 - 房総平氏の一族。平常将の次男・恒直(次郎)が埴生庄(千葉県印旛郡一帯)を領して埴生を称した。「恒直」の名は中世に薩摩へ移った平氏・指宿氏に伝わる系譜にのみ見られるが(『指宿文書』)、「恒直」は「承暦四年為兄常永被殺害」とあり、承暦4(1080)年に兄・平常長に討たれたという。
平 常将(たいら の つねまさ、寛弘7年9月15日(1010年10月24日) – 承保3年6月3日(1076年7月6日))は平安時代の武士。父は平忠常、母は平公雅の娘。子に常長、常直。恒将、経将、常昌とも。千葉介と号した。
平 忠常(たいら の ただつね)は、平安時代中期の武将、豪族。父は陸奥介平忠頼で、房総平氏の祖。母方の祖父は平将門。祖父の平良文は武蔵国村岡に土着して村岡五郎と称して、下総国相馬郡の大半を所領とした。
日本人は族内婚が多い。ユダヤ人と似ている。

