日本型の制度を破壊したのは誰か?
多くの評論家、特に保守系の人々が良くいうのは、小泉構造改革が日本的な慣習を破壊したんだよ。郵政民営化もそうだ、と言う。
小泉構造改革が日本を変質させた最大の部分は、郵政民営化というよりも、終身雇用制を完全に破壊し、いわゆる派遣労働者をあふれさせたことにあるのだろうか。自分などはそう思っているんだが。
これゆえに、小泉構造改革は日本の良きシステムを破壊した、という確実な事例をはっきりと聞いたことがない。聞いてみると、自己責任がどうとか。よく分からない。でも派遣労働の問題などはそうかもしれないと思う。最近は企業によっては、徐々に戻りつつあるが。
地方に行っていつも思うこと。もう何回も書いてきたが、最大の「地方の破壊者」あるいは「地域色、地方色の破壊者」は、大店法改正にあったんじゃないかと思うことがある。調べてみると海部政権時代のようだ。
本来の大店法は、地域小売業者に有利なものであった。要するに大規模店舗の参入を規制する目的があった。しかし、1990年(平成2年)からの日米構造協議でこの法案に米国が圧力をかけてきた。新潟でのトイザらスという玩具店の出店に絡んでのことだったようである。翌年、法改正されると一気に大規模店舗は地方を席捲する。
以降、地方の風景は一変し、どこへいっても同じ風景。幹線道路沿いに巨大なショッピングモールと、日本中どこへ行っても同じレストラン。という感じになってくる。
1990年から1991年は、平成で言えば、平成2年から3年にあたる。
まさにバブル崩壊し、失われた20年だか30年だかの始まる直前かまさに始まった年に相当するのではないか。今ではバブルバブルというか、バブルの歴史から見ると、あればバブルと言えるほどのものじゃない。あるいはバブルとは言えないという人もいる。
あれは米国の都合で起こった、日本システムの破壊プログラムだったんではないだろうか。
このあたりから、地方は一層変質していく。地方色を奪い、市街地を廃墟化させ、人間と人間の交流をスカスカにし、地域内のコミュニケーションが「過疎化」し、結果、若い者は誰もその地域に留まる意欲を喪失した。若者が減るのは魅力がないからである。
現在の地方都市を見れば一目瞭然である。東京などがどうして魅力的かと言えば、どの街にも「顔」があり、個性があるからだ。新宿、渋谷、銀座、秋葉原、東京、蒲田や北千住まで。全てに「顔」がある。そしてそこに「改正大店法」の匂いはない。だから魅力があるし面白い。今日はあの街へ行ってみようか、今日はこういう用事があるからあの街がいい。こういう感じになる。
地方の人にイオンや幹線道路沿いのショッピングエリアのことを悪く言うと、
「私は大好きです。あれがなかったらとんでもないことになる。」
と言われることが多いが、私は間違っていると思っている。確かに「直近」ではいいかもしれない。便利だし。安いし。なんでもそろっているし。
でも事実面白くない。何も人が溢れた繁華な新宿のような街を地方に期待しているわけではない。そこへ行ったら、そこにしかない街の匂いが嗅ぎたいだけだ。どこへ行っても同じ匂いしかしない。それでは、また来たいとは思わない。そういうことだ。
日本は大都市だけで成り立っているわけではない。だから、地域が不活性化することは総体として、活力の低下につながるし、日本文化、文明の側面からも忌々しき問題となる。
事実、大店法改正以降、日本は沈んでいるではないのか。人間の活力が低下したことが一番大きい。その原因は大店法改正にあるとまでは言えないけれど。ワンノブゼムだ。
まずは、地方の人がそのことに気づくべきだし、新しい都市計画を強行し、むしろそういうところに大企業も巻き込んでゆく。
東京23区内にもイオンはあるが、「まいばすけっと」という名前で、コンビニレベルの大きさのものだ。今現在、地方のイオンは業績が悪化しており、東京などの大都市圏に進出しようとしているが、都市部で大規模店舗などやっても誰も来ない。人が少なければ、「トップバリュー」などの爆安商品では利益は上がらず閉店になるだろう。
地方でも人口減少が進み、イオンなどのような従来型巨大ショッピングセンターは今後縮小せざるを得ないだろう。
高齢化が進んで、高齢者が地方に多くなれば、自家用車で巨大ショッピングモールへ行って、誰とも会話せず、買い物だけして帰ってくるなんて風景には耐えられなくなる。
駅前に全ての生活の要素が集約した、かつての街のコンセプトが見直されるようになる。そうなれば、高齢者の見守りは日常的なものになるだろう。そういう場所に、老人施設なども作ればよい。小回りのきく社会。
年とったら、田舎暮らし、とはよく言われるが、実際には、年をとったら一層都会暮らしのほうがはるかに便利で楽しい時代。事実そういう話をよく聞く。
「年とったら、田舎暮らし?いやいやとんでもない。年とってこそ都会暮らしだよ。」と。
そういう意味で地方の街づくりのコンセプトは、「アメリカ型」からかつての「日本型」に回帰していく必要があり、またそうなっていくものだと感じている。
鎮守の森と祭りの復活もこういうことと関係がある。地方の活性化はこれがセットになる。

