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    Home»日本文明・神社・神道

    キリスト教と天皇

    平成30年3月15日 日本文明・神社・神道
    日本人に「宗教」は要らない
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    ネルケ無方というドイツ人で曹洞宗の禅僧が書いた『日本人に宗教はいらない』という書籍がある。

    その中で、「日本人はなぜキリスト教を信じないのか」という章がある。

    その巻頭で著者はこう書いている。

    「キリスト教は今も昔も日本ではあまり普及していない。それはなぜか? - まず言えることは日本人にキリスト教は必要ではなかったということだ。なぜなら日本人はキリスト教以上のものをすでに持っていたからである。それは「天皇」である。」

    と書いている。西洋人がキリスト教について見る見方と、日本人がキリスト教について見る見方が違うということがまずここで分かる。

    彼はドイツに生まれ、キリスト教について学んだが、どうしても納得できず、禅の世界に入ったのだという。当時、欧州では、鈴木大拙の禅に関する本が大流行していた。それを読んで日本にやってきて禅の道に入ったらしい。

    旧約聖書を読めばわかるが、聖書の世界には「神話」があり「歴史」があり、それが彼らの信仰の深層に息づいている。キリスト教にとってもユダヤ教にとっても恐らくイスラム教にとっても、「神話」とその「歴史」こそが信仰力の源泉であり、重要な位置付けとなっているのであろうということだ。

    旧約聖書の中に延々と記述されるユダヤの歴史であり、血統の歴史。その中に神からの啓示があり、教えと戒律が盛り込まれてゆく。

    ネルケ氏は続けてこう書く。

    「エンゲルベルト・ケンペルという17世紀の終わりに日本に渡ったドイツ人の医師がいる。 - ケンペルはオランダ人になりすまし、約2年間長崎の出島に滞在した。- その経験を記した「日本誌」の中では、彼は将軍を「日本の世俗的皇帝」と呼んでいる。当時のヨーロッパにも、国王や皇帝はたくさんいた。しかし、日本には「もうひとりの皇帝」がいることに、ケンペルは驚いた。」

    ヨーロッパの王や皇帝は日本で言えば「世俗的皇帝」と同義である。ケンペルの「日本誌」での記述にはこうあると、ネルケは続ける。

    「宗教的世襲皇帝の王朝は、キリスト以前の660年がそのはじまりである。この年からキリスト紀元1693年(江戸の初期、これはケンペルが当時江戸にいた時期のこと)にいたる期間、すべて同じ一族に属する114人の皇帝たちが相次いで、日本の帝位についた。彼らは、日本国の最も神聖な創建者である“テンショウダイジン(天照大御神)”の一族の最古の分枝であり、彼の最初に生まれた息子の直系である等々のことを、きわめて誇りに思っている。」

    江戸時代の初期に日本を訪れたドイツ人の、日本に関する感想のほうが、現代の日本人の日本に対する感想よりも、はるかに日本の真実を具体的に表現しているだろう。

    ネルケは、ヨーロッパでこの宗教的皇帝に一番近いのはローマ教皇であろうと書いている。私も以前からそう思っている。

    過去から現代にいたるまで、日本におけるキリスト教信者の数は1%以下であり、これはアジアの中でも極めて低い数字であるという。韓国は30%いる。

    儒教は、「天」からの命によって選ばれた皇帝が善政を行うことを理想としたが、儒教の皇帝はその意味で政治的絶対専制皇帝であり、この考え方は、一神教の神とその子イエスの関係性に近い。

    中国や韓国でマルクス主義やキリスト教が受け入れられやすいのは、儒教的思考と一神教的キリスト教思想が極めて親和性が高いからだと私は思っている。

    ネルケはさらに、キリスト教には「母性」がないという。

    それは、キリスト教に見る三位一体、すなはち、父なる神、子なるイエス、聖霊。の考え方にも表れているという。

    その代替物として、マリア信仰があるが、マリア信仰は、プロテスタントでは認められていないのだと。日本人は受身な性質である、母性的であるとも彼は言っている。

    ヨーロッパでの親子関係は、父なる神、子なるイエス、の関係そのものであり、親は子のことを、日本人が考えるように、「自分の分身」だとは考えないのだという。

    親という絶対者から過大な要求を突き付けられた子は、それが果たせずにいると、あたかも「十字架に張り付けられたイエス」のような心境になるのであり、それがまた彼らのモチベーションにもなるのだとか。こういう話は初めて聞き驚いたが、なるほどとも感じた。

    欧米人はやたらに愛を強調し、四六時中“I love you”を繰り返すが、それはそうしないと不安で仕方ないからだともいう。

    愛などということを一言も言わない夫が死ぬ間際に妻にただひとこと「ありがとう」というだけで、全ての気持ちが伝わって、涙にくれる、などという日本人の極めて繊細な感性からすれば真逆であろう。

    この章の最後にネルケは、日本にキリスト教が根付かない理由を三つほど挙げている。

    1 キリスト教徒になって自分が救われても自分の先祖が救われないのでは意味がないと考えたから

    2 一神教と多神教との整合性が合わないから。

    3 天皇とローマ教皇との整合性があわないから。

    私個人からすれば、キリスト的なるものとは、例えば、伊勢神宮を参拝すれば、そこにキリスト教的な何がしかの残滓というのか、要素というのか、匂いのようなものが漂っているのを感じ、それは自分が過去生で見たなにがしかの郷愁をも誘うと言ったものだが、そんな考え方を西洋人が理解するはずもない。

    しかし日本人ならば何か共感できる人がいるかもしれない。

    うまい表現が見つからないが、自分の中では、それは神道の中でこそ「繋がっている」ということである。

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