国家神道は否定されるべきである。というひとつの前提がしだいに戦後思潮の主流を占めるにいたったが、その源泉はあきらかに、GHQの神道指令にあるだろう。
彼らは何故神道指令を発して、国家神道を解体したのか。当時の日本人の大半は敗戦にあって、国家神道は悪であったとは思っていなかったはずである。
当時のアメリカ人はこう考えた。
国家神道は、あの明治以降の恐るべき強力な力を日本人に付与したパワーの源の一つである。まずこれを「駆除」しなければならない。わずか一世紀にも満たない期間に、欧米と同格の軍事力や産業能力を日本人に身に着けさせたその「勢い」の源泉に神道があるに違いない。そのように彼らが分析したことは確実である。
アメリカ人にとって、「悪」という言葉は「敵」ということと同義だと私は考えている。「悪」=「敵」である。敵は駆除されなければならない。
エネルギーの源泉を「駆除」される立場の日本人は、歯噛みする思いで、GHQの「強権」に従ったはずである。ごく一部の、いわゆる反天皇主義者やマルクス主義者のような人々を除いて。
終戦の年は1945年だが、アメリカ合衆国は1950年代まで白人と黒人が同じ席に座ることができないような社会だったのである。そういう人々が善意で日本を「まともな国」にしようなどという意思を持って制度改革をしたとも思えない。たとえ、彼らなりにそういう意識がまったくゼロではなかったとしても。
少なくとも言えることは、日本人は神道をふりかざして、異民族や異教徒を虐殺したり、抹殺したりしたことは決してないということだ。西洋人自らの歴史的行いと、日本人への「神道指令」との整合性を見るならば、それを「善意」と見ることはできない。
もっとも天皇の存在だけは、天皇陛下とマッカーサーとの会見によって防ぐことができたのだけれども。本来は天皇の存在を残す予定はなかったというのが定説である。
しかし現代にいたり、日本人は、国家神道こそは、日本をあの悲劇的戦争に巻き込んだ張本人の一つであって、二度とあのようなものを省みてはならない、と考えるようになった。
それは日本人の魂の声なのか、占領軍の占領政策が実に功を奏したからであるのかは、厳密なる精査が必要である。もはやこのように考える者すらごくわずかになっているのが現状であるからこそ。
GHQによる、教育界、官界などの公職追放、メディアの完全統制。こういったものが現代にいたるまで本質的にどのような影響を日本人の価値意識の変遷に与えたかは冷静にみていかなければならない。そしてそれがいまだにどれほどの影響力を持っているのかも。
まず言えることは、当時の世界史の状況を鑑み、明治以降の日本に、仮に国家神道があろうがなかろうが、日本は世界的戦乱に巻き込まれていたことに疑いがないということだ。
しかし、明治がないまま、日本が続いていれば今頃、朝鮮半島のように、あるいはかつての清のように、諸藩が欧米列強に「虫食い浸食」されて三つか、四つに分裂し、自らのオリジナルな文明をも失っていた可能性が高い。
今の中国とて、結果、共産主義という西洋思想に自らの文明を席捲され、もはや、権力システムの骨格だけは、古代からのものと変わらぬものの、文明の本質的な性質は失われたと言っていいだろう。
戦後日本人は、敗戦以降の奇跡的な回復と世界最強の経済力を得るに至ったことで、そのことを意識しようがしまいがその恩恵に浴している。また当然ながら心ひそかにそのことに満足しているはずである。また日本人が考える以上に海外の人々はそれをある種の敬意と驚きとを持って見てきた。
ここで改めて明言しておかなければならないのは、それらの功績のほぼ全ては戦前期までに培われた力によって成し遂げられたものであるということだ。確かにアメリカ人達が戦後この国にもたらしたシステムにも利点はあったと思うが、それを差し引いても尚である。
それを示すに、最も分かりやすい一つの証拠がある。戦後経済力をつけた日本は、うなぎのぼりに世界のトップにまで到達したが、戦前期の教育と意識、価値観を受け継いだ世代が一線から退いた途端に、「失われた20年か30年」かに突入したのである。いまだにその混迷から抜け出せないでいる。
戦後の発展は明治期以降のエネルギーの継続によって起きたことである。それ以外の何物でもない。
戦後派の人々はそのことを認めたくはないだろう。しかし、これはもはや歴史的に証明された事実である。そして、今そのことの反動が少なからず起こっていると言えるだろう。
古代からを含む、戦前までに培われた日本人の精神というか意識というか価値観のようなものの中のひとつに国家神道もあるだろう。
江戸時代まで連邦国家体制であった日本を一つの国家としてまとめることができたのは天皇と神道のセットによる他はない。この考えは、江戸幕府の中枢たる水戸学に起こり、その後、平田篤胤などの国学者によって成立した考え方である。
大日本帝国憲法を制定するにあたって、伊藤博文らは、ドイツなど欧米の憲法に学び、その理念を骨格の中に取り入れたとしても、古代からの日本の価値観というものも充分に考慮した。
当時、日本の政治家や批評家が大日本帝国憲法のことを欧米の猿真似憲法だと揶揄した時、明治天皇はそれに激怒したという。あの憲法は朕自らの心血と魂を注ぎ込んで創ったものであると天皇自らが語ったのである。
江戸時代初期に日本を訪れたドイツ人医師のケンペルは彼の著書、「日本誌」の中でこのように書いている。
「宗教的世襲皇帝の王朝(天皇のこと)は、キリスト以前の660年がそのはじまりである。この年からキリスト紀元1693年(江戸の初期、これはケンペルが当時江戸にいた時期のこと)にいたる期間、すべて同じ一族に属する114人の皇帝たちが相次いで、日本の帝位についた。彼らは、日本国の最も神聖な創建者である“テンショウダイジン(天照大御神)”の一族の最古の分枝であり、彼の最初に生まれた息子の直系である等々のことを、きわめて誇りに思っている。」
明治以降に国家神道という名を持ったが、それよりもはるか以前から日本人には同じような考え方が根付いてきたのである。外国人が当時見聞きして書いたこのような文章に創作があろうはずもない。
今現在、私が考えるに国家神道に問題ありとするならば、そこに政治性が絡んだとするならばである。天皇も神道も政治的に連結あるいは直結するべきではないと私は考える。
理由は簡単である。政治というのはいずれにしても短命である。移り変わるものだ。そのようなものを、日本文明の根幹となる「天皇」「神道」を連結させるべきではないと私は感じている。
戦前期において「国家神道」というものが、政治と直結したかになったが、本来はそのようなものではないと思っている。「国家神道」=「国教」というべきもの。
仏教も、支那文明も、そして西洋文明も、日本文明の骨格である「神道」を基礎として受け入れられたものだ。神道は日本人の価値観の源泉である。日本文明の核に「神道」があるのは当然のことであり、それを国家として定義することに何の問題があるのだろうか。
ヒミコの時代から神道は国家神道なのだと私は思っている。もちろんヒミコの時代は祭政一致の神政政治であったのだが。
もう一つの問題点は、神道を海外に出す場合、戦前期においては主に、朝鮮半島、台湾などであるが、そういう場合、必ずその土地に関わる神霊、祖霊をお祀りすることが必要だと私は考えるが、それを行わなかったようである。
当時、神官の中にはその土地に関わる神霊、祖霊をも合祀すべしという意見はあったようで、検討されたが結局日本神話の神々のみお祀りするのが基本だったようだ。
神々の押し付けは、一神教と同じになってしまう。日本文明のコンセプトには合わないし、自らの最大の利点を失う結果にもなる。
問題点については以上である。
私が明治以降の国家神道について考えることはこうである。もちろん以下のようなことは国家神道によるものだけではないことは当然であるが、その根拠の一つであることは確実である。
〇国家神道は明治期以降の日本人に凄まじいエネルギーを付与した(日本人にとっても、それは想定外のことであったと私は感じている)
〇日本が戦争に奔走したのは日本自身や国家神道の問題ではなく、当時の世界の歴史的状況に誘発されて起こったことである
〇有色人種として唯一世界の強国の仲間入りをした以上、当時の状況からして、戦争は避けて通ることはできなかった
〇戦後の奇跡的復興と経済発展はこの流れの延長線上にあった
〇戦前の戦争期のエネルギーも戦後の経済発展のエネルギーもエネルギーの源泉は同一である
〇国家神道が日本を戦争に駆り立てたというのは偽りである
〇国家神道=悪というのはGHQによる戦後日本に対する弱体化政策の一環であろう
〇国家神道といえど政治性を付与されるべきではなかった
〇海外に神道を出す場合、その土地の神霊、祖霊も合祀すべきであった
国家神道を現在に復活すべきとは言わないが、国家神道=悪と決めつける前に冷静に当時の状況と現在の日本が置かれた状況を見てゆく必要があるだろう。
以下はこの問題の派生的な話になる。
戦後教育や戦後メディアの影響を受けつつも、神道が見直されるという動きがあるが、その中のひとつに「神道のアニミズムへの回帰」というものがある。
しかし、そこには独特の共通性がある。
まず、神道と天皇をリンクさせることに拒否反応を示す人がいるということ。結果、天皇を迂回して神道を語ることになる。
そうなると、結果、要するに神道=アニミズムへの回帰 ということになる。しかし、神道をアニミズムに落とし込めば、それは単なる習俗に過ぎない。
世界の標準的価値意識からすると、アニミズムというのは、未開の部族の劣った宗教的残滓のような扱いになる。
観光資源として心地よいかもしれないが、中国やソ連にも習俗としての宗教が残ったようなものでそれは文明の源泉としての力にはなり得ない。
マルクス主義は「歴史の否定」であり、「文明の否定」であると先に書いたが、戦後リベラル主義というものもこれに共通する思想がベースにある場合がある。
天皇の否定とは、日本史の否定であり、日本文明の否定にもつながる。そういう思想で神道を語る場合、一気に「天皇以前」に遡っていかざるを得ない。
この考え方には左翼思想があるように思われる。要するに権力の象徴であり、搾取の代表者としての天皇という位置付けである。
これは日本の歴史には当てはまらない。天皇は絶対専制制度の王や皇帝ではないからだ。
あるいは戦争責任者としての位置付けもある。しかし、明治期以降の政治システムは、立憲君主制でり、政治システム的には戦前も戦後も変わらない。イギリスと同じである。
天皇が、「戦争を開始せよ」とか「私のために命を捧げよ」とは決していわない。そもそも天皇は歴史的にも国民に何かを命令する存在ではない。
神道を語りつつ、天皇とのかかわりを否定するというのは、西洋的思想を否定しながら、結果として西洋思想(マルクス史観)から脱することができないということになる。
神道が単なる習俗化すればそれはもはや文明としての力は極小化されるだろう。それこそ「西洋」に立ち向かうだけの力を国家として、日本人の総力として持ちうることは不可能となる。
神道が天皇とともになかったならば、神道は今頃とっくの昔に消えて無くなり、日本は仏教国になっていただろう。
そして、かつての文明の「残滓」として小さな祭りや祭儀の中にわずかばりその面影を留めるものになっていただろう。
文明力の源泉とは何か。
未開の部落の習俗と文明とを混同してはならない。日本文明が西洋文明に抗して行くには相当にそれは巨大な力を文明に求めなければならない。
ヒミコの時代の神政政治の流れを引くものとしての天皇であり、これあたかも超古代メソポタミア文明の神政政治の流れをも受け継ぐものとして、これを日本文明の中において重要なものと位置付けなければならないと思う。
最後に、GHQの神道指令についてはいずれ詳しく追ってみたいと思う。

