孔子曰く、
人は死ぬと神(魂)は天に昇り、鬼(魄)は地に降る。
平将門のように、怨霊は人を困らせるが、同時に人や土地を守護する。これは魂魄ということだ。
出雲大社の神もそうだ。通常、出雲大社の神霊を怨霊とは言わないが、私は出雲大社を持って怨霊信仰の起源と見てもいいだろうと思っている。
なぜなら祀らねば祟るからである。
祟るという言葉は今では悪い障りが起きることにしか使わないが、本来は良いことも悪いことも、神が人にその力を現すことを言ったのだが。
要するに鎮魂は必要ということだ。
一般的に祖霊信仰は大陸、いわば儒教的な影響によって根付いたと言うことがあるが、日本には古来から存在する。
大陸や半島では、王や権力者が宗廟や社を建立し、自らの祖霊を盛大に祀ることは行われたが、一般庶民に至るまで広く祖霊を祀り地域がこれを共有することはしない。
大陸では敵や敗者の墓を暴き掘り起こして、これを破壊し、踏みつけにするのである。敗者は墓すらないということはよくあることである。判官贔屓の逆である。
先祖霊を祀らねば祟るという概念はあっても敗者や敵の霊魂を鎮魂しなければ祟るという概念はないのである。
また大陸半島に鎮守の杜という概念はない。
儒教は祖霊信仰ではあるが、自分の祖霊以外のものを参拝したり、祭祀を行うということはしない。それは悪しきことと考えられた。
日本のように土地由来の人霊(開拓者や有力者など)や神霊を共通の先霊のごとく共有することはなかった。
そういう意味でも、大陸半島の文化文明には「靖国精神」という概念はないし、理解し得ないのであろう。
しかし、魂魄という考え方は、怨霊信仰を理解する上でのきっかけにはなる重要なキーワードである。

