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    Home»日本文明・神社・神道

    日本人のPR下手 – 自らの社会を俯瞰できるチャンスがないから

    平成30年6月5日 日本文明・神社・神道
    壱岐 月読神社
    壱岐 月読神社
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    自分が海外の仕事をしていると、周囲も関連の仕事をしている人が多くなる。

    日本と海外の仕事の橋渡しなどをしているとよく聞くことがある。

    日本人は自分達の価値を分かっていない。

    日本人は自分達の利点をPRすることができない。

    これは明らかで、日本人は世界から多くの評価を受けていて、かつ世界に対して訴えるべき多くの貴重な価値観やスタイルを持っているにも関わらず、まずそれを「普遍的なこと」「当たり前のこと」だと思っていて価値を見出せないでいる。

    これはある意味、「井の中の蛙」ということだと思う。これは良い面でも悪い面でも言えることだ。

    だから、しばしば日本に長期に滞在し、日本の価値を理解し始めた外国人がそれを声高に言う。
    するとようやく日本人は「そうなのかなあ」と思う。

    と言う現象が良く見受けられる。

    まず、日本人は自らの価値がどこにあるのかを意識化することは重要なことかもしれない。
    それで鼻高になるとマイナスだが、謙虚さを忘れずに。

    自分が日頃語っている「日本文明」の価値。というだけでなく、ひとつの商品をとってみても、面白いもの、価値あるものがまだまだ山のようにある。

    これを世界にPRする手段を考える必要がある。

    自分をアピールする。自分を良く見せる。という能力にかけては、西洋人はある意味「天才的」だ。

    彼らは悪事ですら美辞麗句に塗り替える術を本能的と言ってもいいほどに備えているのだから。
    あまり言うと悪口になるから言わないが。しかし、この意味において、学ぶべき点はあるだろう。

    ——————–
    投稿に対するコメントを転載;

    求めよ、さらば与えられん。叩けよ、さらば開かれん。
    自ら欲しがらなければ与えてくれるものは居ない、というのがキリスト教徒の思考。故に自己をアピールし、権利を主張する。GIVE&TAKE 与えたものに対する対価を求めることは当然。一方、日本の美意識はそれを「卑しい」とみる。精進を続ければ結果はおのずとついてくる。みていてくれる人は必ず居る。欲しがる姿は見苦しいと。前者と後者が相対すれば、前者がすべてを持っていくのは当たり前。ワタシも戦後教育で育った人間ですので、おっしゃることはその通りだと思うのですが、そこを深く考えずに日本文化云々言っている事にどうもモヤモヤするのです。全てはひとつながりではないでしょうか。そうやって日本的美意識をひとつづつ捨てていった結果が今なのではないかと。国の存続の為に何をどこまで捨てればいいのか。美意識と実用思考の使い分けというのは可能なのでしょうか。反問としてではなく、ほんとに迷ってます。

    かに言えることは日本人は自分たちの価値を意識化することをやめたんですよ。戦前は非常にそれをやった。確かに日本人の美徳というのがあってそれは価値あるものですし、なおかつそれを多くの海外の人々も美しいと感じている、これを失ってはいけない。しかし同時に自らの価値を知ることをしないことは国際社会の中にあって極めて不利ですよね。戦後は控えめだが自分たちが何者かという意識も希薄です。だから何を言われても反論できないというよりも反論材料自体がないんです。だからただ謝罪するのみという。これでは逆に全部持って行かれるのではないでしょうか。二つの相反する意識を自分の中に持つことは難しく、勢いが削がれるかもしれない。多々明確に言えることは、自分の意識の中であるとかもっと言えば魂の柱の部分に「価値観」が打ち立てられれば自己主張は必要ないかもしれない。日本人が総体としてそういうことを身につければ、もはやそれだけで誰も近づくことすらできないほどのものになるだろうという印象は強く持っています。そうなればPRなどという小手先は必要なくなるでしょうね。外国で暮らした経験を持つ多くの日本人は、自分たちが戦前について非難されてもそれに反論できないということをよく言っています。言われっぱなしということが多い。これは戦後教育の影響が大きいかもしれないし、もともと日本人が議論下手ということもあるかもしれない。それで悩んでいる日本人は多いんですよ。心ある人ほど。戦後史観に染まって異論のない人間は、相手の意見にその通りだ、と言って大手を振って歩いている。そういうことが海外では起こっている。外国人の大半もまた戦前の日本の状況や立場や歴史を知らないんですよ。知るわけがない。だから悪いことしたんだろう。ヒトラーの仲間くらいにしか思っていない。そういう面がある。でも勢い込んで反論するのがいいのかどうかはまた考慮の余地がありますね。やり方というのは工夫が必要なのかもしれない。そう思っています。もう過去は言わず、これからの世界に対して日本の価値観を示すだけでいいかもしれない。権利を主張する、意見を述べて議論する、PRするなどのことをしないまでも、日本人としての価値観や何かを明瞭に持っているということは絶対に必要なことだと思います。日本とは何かというようなこと。

    戦中戦前の日本に対する外国の評価への対応は、まあおっしゃる通りでいいと思います。ワタシが危惧しているのは、明治維新で西欧列強に対抗する為に行った「欧米化」政策を、今度は個々の意識レベルで行うことがはたして良いことなのか、ということです。上で書いたように、キリスト教的価値観と日本の美意識は、相反するというよりベクトルが全くちがいます。善か悪か、合理か非合理かという欧米的価値に対して、日本人はその行為が美しいか否かで判断している。ベクトルがちがうからこそ どちらが正しくて間違っているかを言い切れないのです。ワタシは、この点は決して軽んずるべきではないと考えます。

    私も今研究中ですが、全く同じ悩みを明治人が考え苦悩しました。やはり現代日本人は文化的に昭和20年で断絶してるんですよ。まずはそこを自分の中で「繋げる作業」をする必要があるかもしれません。夏目漱石や森鴎外なんかも含まれるかもしれませんが。美しいか否かで判断することを日本人の美徳とするならばそれを意識化して何らかの形で実践するということなんでしょうね。よくあることは結局何もしないという方向に行くことです。それで納得したり満足したりするのは良くないですね。そこにはちょっとした意識的誤魔化しがあるように感じられるのです。意識化すること孤化あるいは個化することが西洋的であるとするならば、感覚化するということかもしれません。日本人は感性で生きる民族なんだということは言えるかもしれない。日本人の価値観を文章表現するのは昔から難しいが、あえていえば日本というものの根源的なものと自分が繋がる、それによって自分の魂に柱を打ち立てるということ。大和心と言う人もいるかもしれません。しかしこう言う感覚を日本人以外の人に理解させるのは極めて難しい。しかしなにがしかが打ち立てられれば揺るぎない。そこから何か明確な印のようなものが人それぞれに出て来るだろう。それを民族として実践できれば、これは相当な意識革命であるかもしれない。こう言うところに入って行くと非常に表現が難しくなってきます。間違いなく言えることは、それが意識的であれ思考的であれ感覚的であれ、言葉に明確化できても、言葉にできなくても、常に明瞭でなければならない。自分の中でそれは明瞭なものである必要がある。自分はそんな風に感じています。

    日本文化が言語によって大系化されていないことはデメリットばかりでは無いように思います。
    戦後日本人である我々は、やはり発想が欧米人のそれに寄ってしまっているので理解するのが難しくなっているかも知れませんが、戦前までの日本人はちゃんと継承してきた。もしも明文化し大系付けられた日本文化に関する書物があったとしたら、占領下にそれらは破壊し尽くされていたかも知れません。連合国軍には理解しがたい文化であったからこそ現在でも生き残っているところがある。また欧米的価値観に染まった現代日本人なればこそ、日本文化の特性が見えてきたとも言えると思います。国外に対するプレゼンテーションには言語化、大系化は必要ですが、やはり本来の継承方法として、「型の文化」の継承、映像的なイメージとして伝えるやり方を再興すべきではないかと思います。
    秘すれば花なり。
    秘せずば花なるべからず。

    全くその通りです。日本人の感性は言語を超えたところにある交流という側面がある。ただいつも思うがそう言うのは外圧に弱いんですよ。それが大きな懸念ですね。だからこそ残っていると言うのもあるが、なぜ残ったかといえば昭和天皇が超人的な賢明さをもっていたからです。何だかんだ言っても天皇がいなくなればおしまいですよ。こう言うことがわからない日本人が多い。天皇なんて関係ないと思っている。自然なんだとか、自然崇拝だからとかなんとか言って。とんでもない間違いです。自然崇拝なんて世界中どこにでもありますから。そこが特異性にはならない。なぜ日本の自然が美しいかと言う説明にはならない。いや神道だと。確かにそうだが、神道というのは天皇がいなくなればあっという間に衰えてしまう。実態がなくなって行く。なにかあたかも自然に続いているもんだとでも思っている人がいる。それは仕組みがわかってないんだと思う。それは無責任だと思う。なんか雰囲気というかいい気分になって言っているだけという気がする。江戸時代というのは日本史上最も天皇の存在感が希薄化した時代であったけど、そういう時代に国学、水戸学が起こった。よく考えてみるとある意味戦後と江戸時代にはなにがしかの共通性があるかもしれない。日本人の性のようなものがある。そういうことと天皇の存在というのは関係があるような気がする。明治以前までの日本はある意味「半永久的」閉鎖空間だったから、多少天皇の存在が希薄化しても、総体として「日本的なるもの」が失われることはなかったが、明治以降、今後もずっとそうだが、「それ以前」のようにはいかないだろう。そういう意味で、改めて日本文明とか天皇とか神道とかそういうものをしっかりとみていかないといけないと思っている。

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