江戸的な慣習を日本的と捉える場合もあるが、明治的なものが日本的とイコールでないとするならば、江戸的はあくまでも江戸的であって日本的とイコールとは言えない。
日本的と江戸的は同一ではないが、現代的視点から見ればはるかに日本的な要素が盛り込まれている。明治にしたところで今よりははるかに。
一方で、戦後の弊害があるのと同じように江戸の弊害や明治の弊害もある。
江戸に弊害があるからと言って江戸を全否定することはできないし明治も同様である。
戦後も同じことが言えるが、文化文明的視点から見れば前者に比べて弊害は相当に大きい。
最大の理由は戦後をコントロールしたのは主に日本人の主体的な意思によるのではないということである。
その意味で戦後は日本的でないという要素がそれまでの日本史に比べて格段に大きい。

