大江戸線の新御徒町を降りて地上に上がるとすぐ、古めかしいアーケード街がある。
「佐竹商店街は日本で二番目に古い商店街です」
という垂れ幕が下がっている。
商店街の終わりあたりにこの商店街の歴史を記した看板があった。
この地域一帯は江戸時代まで現在の秋田県の佐竹藩(久保田藩)の上屋敷があり、この商店街のある地域を含む広大なものであった。(現在の台東区台東三〜四丁目の半分ほどのエリアであったとある。)
明治になり御屋敷が取り壊され「佐竹っ原」と呼ばれていたところに次第にこの商店街が出来始めたようである。
最近、こう言った「歴史痕」を見るにつけ思うことがある。
日本の武士階級、特に大名家は幕府方、外様方に限らず、その資産規模はとても大きなものであったはずである。
しかし、それを明治維新という変わり目に際してほとんど文句も言わずあっさりと捨て去った。それはこの国がおかれた危機というものを上から下まで共有したことの証である。
ごく身近な外国においては、自分の権力を維持するために、国民だろうが国土だろうがズタズタに切り裂いても平気でいるような人間が指導者として君臨している。
世界史を見ればそれはかなり「普通の事」である。
翻って、自分の国のことについてあれこれ知るにつれ、あたかも「人ごとのように」この国の過去の事績に震えるほどの驚きを感じる瞬間がしばしばあるのである。

