誰が神道はアニミズムだと言ったのか分からないが、恐らく西洋人の受け売りで発言したに違いない。
アニミズムというのは要するに未開の土人のような人々が自然の脅威に恐れおののきこれを神として崇める行為を発端としているのだろう。
神道の原初的自然崇拝にそういう側面があるのは事実である。磐座や山岳信仰にはそういう側面がある。しかし、以下の点についてはどう説明するのか?
神道には自然神と人格神が並存あるいは習合しているが、これはエジプトやギリシャ、ローマあるいはメソポタミアの多神教文明に現れる神々の体系とほぼ同じである。
彼らの信仰にも自然への脅威という側面はあるのである。
ただこれらの文明の神々と日本文明の神々との扱いの違いは、日本の神々は人格神であっても偶像崇拝はしないということだ。そういう意味では一神教文明の信仰形態に近い。
西洋人たちは、エジプトやギリシャローマ、メソポタミアにおける多神教文明をアニミズムとは呼ばない。
彼らの文明と脈絡があるからそうは呼ばないのである。これらの文明の起源をアニミズムだという話を私は聞いたことがない。
未開の一段劣った人種や民族が行うレベルの低い信仰形態をアニミズムと呼ぶということだ。
従って我々日本人が自らの文明をアニミズムだなどと呼んではならないと言うことになるだろう。しかし、アニミズム的な要素をも含んでいる、と言うことはできるだろう。
(写真 : シュメールの都市ウルの主神である月神シン)

