「天皇制」と言う言葉は日本共産党の造語である
天皇制と言う言葉を今現代の私たちは普通に使用しているが、この言葉は本来戦前期における日本共産党が、打倒すべき体制としての「天皇制」という意味において使用されたのを発端としている。
その言葉の明らかな初出は、日本共産党綱領となる、「32年テーゼ」(1932年ー昭和7年)の中にある。32年テーゼは、正式には、「日本に於ける情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」(日本共産党中央委員会)と言われるものだ。
(前略)
― (中略)日本が資本主義の軌道に移行せる際に天皇制ー反動的な半封建的官僚と大土地所有者とーが勝利したことは、帝国主義列強に対する日本の不平等な地位(高圧的条約)を廃除せんための初期の闘争をば、弱い隣接民族を略奪するための闘争という形態を取らしめ、近代的日本帝国主義の強盗政策のために道を拓く結果となった。
(中略)
四、日本の共産主義者は、外部に対する日本帝国主義の侵略性と、その国内政治との間に於ける不可分的な関連外部に対する帝国主義的強盗戦争や、植民地の奴隷化と国内に於ける反動との間に於ける不可分の関連を理解せねばならぬ。日本帝国主義は戦争の道を進みつつ、軍事的=警察的天皇制の支配制を、勤労者に対する前代未聞の専制と暴力支配との統治を維持し強固にし、農村に於ける農奴的支配を強化し、大衆の生活水準を尚これ以上に低下せしめんと志している。
戦争は必然的に国内の階級対立を極度に先鋭化している。それは日本のプロレタリアート及びその共産党に、戦争反対の闘争を労働者農民及び一切の勤労者の最も緊急な日常利益の為の闘争、彼らの経済的及び一切の奴隷化に反対する闘争と結びつけ、かくして帝国主義戦争を内乱に転化し、ブルジョア=地主的天皇制の革命的転覆を招来することの任務を課している。
以上
自らの思想的枠組みに、日本の状況を暴力的に投げ込んだだけの荒っぽい理論構成にはあきれる他はないが、こういう言葉がいかに日本の歴史や価値観にそぐわないかもよくよく理解できる。
しかし、これらの思想が戦後日本の戦前歴史観とほぼ相違ないことを考えれば、戦後の歴史観が如何に「赤い」思考に塗りこめられているかが理解できるだろう。
戦前の日本を「悪者」扱いするために、占領軍としては、彼らの理屈を利用するのが都合が良いと考えたに違いないし、そういう考え方に左翼勢力が乗っかったというのも間違いのない事実である。
西洋列強の植民地帝国主義への抵抗力としての明治以降の日本政府のあり方を明示するのは西洋社会にとっては「気分のいいもの」ではなかった。
知識のない者に、こういう言葉を毎日叩きこませれば、事実や現実がどうあれ、そうだと思い込むものもいるだろう。
しかし、こういったマルクス主義的思考人種がその後、「革命的階級闘争」などと称して、世界中で一億人にのぼる人間を自国内において虐殺した事実を忘れてはならない。この歴史的大罪に比すれば、ナチスドイツのユダヤ人虐殺ですら赤子のレベルに思われるのである。
戦争で他国と戦うことよりも、自国民を虐殺することの方が数千倍残虐な行為に、私には思われるのだが。
このように見て行くと、自分のような天皇を日本文明の重要な柱であると位置づける人間が使用すべき言葉にはあらず、ということだ。
ちなみに、日本共産党であるが、「警察庁」のホームページによれば、明確に危険な集団であり、今現在も監視対象とする必要あり、と明記されている。
以下の文言をみれば、彼らをして「平和」の党などということが全くの欺瞞であることは論をまたない。
「日本共産党は、同党の革命路線についてコミンフォルムから批判を受け、昭和26年10月の第5回全国協議会において、「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」とする「51年綱領」と、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」を決定しました。」
「昭和36年7月、第8回党大会が開催されました。そして、同大会で「現在、日本を基本的に支配しているのは、アメリカ帝国主義とそれに従属的に同盟している日本の独占資本である」とする現状規定や、民主主義革命から引き続き社会主義革命に至るという「二段階革命」方式等を規定した現綱領を採択しました。
また、両党大会や綱領論争の過程における党中央を代表して行われた様々な報告の中で、革命が「平和的となるか非平和的となるかは結局敵の出方による」とするいわゆる「敵の出方」論による暴力革命の方針が示されました。」
「日本共産党は、平成12年11月の第22回党大会で、規約前文を全面削除する大幅な規約改定を行い、「労働者階級の前衛政党」、「人民の民主主義革命を遂行」、「社会主義革命をへて日本に社会主義社会を建設」等の革命を連想させるような表現を削除しました。しかし、「科学的社会主義を理論的な基礎とする」との党の性格や「民主集中制を組織の原則とする」との組織原則は、「党の基本にかんする、規約として欠くわけにはゆかない部分」として条文化しました。
引き続き、16年1月の第23回党大会で、昭和36年7月の第8回党大会で採択して以来5回目となる綱領改定を行いました。
改定の結果、マルクス・レーニン主義特有の用語や国民が警戒心を抱きそうな表現を削除、変更するなど、「革命」色を薄めソフトイメージを強調したものとなりました。しかし、二段階革命論、統一戦線戦術といった現綱領の基本路線に変更はなく、不破議長も、改定案提案時、「綱領の基本路線は、42年間の政治的実践によって試されずみ」として、路線の正しさを強調しました。」(以上、警察庁HPより転載)
以上のように書かれており、結論として次のように結んでいる。
「このことは、現綱領が討議され採択された第7回党大会から第8回党大会までの間に、党中央を代表して報告された「敵の出方」論に立つ同党の革命方針に変更がないことを示すものであり、警察としては、引き続き日本共産党の動向に重大な関心を払っています。」
転載元:暴力革命の方針を堅持する日本共産党(警察庁HP)(https://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten269/pdf/sec02_01.pdf)
参考:共産党が破防法に基づく調査対象団体であるとする当庁見解(公安調査庁HP)

