グローバリズムとは市場原理に基き、国境線を越えて利潤追求を目指す主義のことであるが、結果この考えは、人間社会に根付いた歴史、文化文明、伝統、民族や地域の価値観を粉砕し、ロードローラーのように平板化していく。
これはあたかも、歴史と文明を全否定し、「労働」という「至上」の価値観に人間社会を集約し、人間の意識を唯物主義に基づいて一元化するマルクス主義に類似している。
「神」は、あるいは「魂」は、「労働」にとって代わったのである。
神が先か、労働が先か。
経済至上主義は、必然的に人間社会を唯物化する。マルクス主義も資本主義も経済至上主義に行き着き、結果、唯物社会を創出する。
殺人犯を追う刑事が、ようやくたどり着いた真犯人は、自分が心から尊敬する上司の、警察庁長官であったという、ありがちだが、驚くべきストーリー展開のように。
資本主義の妖怪たる、現代世界の支配人は、実はコミュニストでもあるという皮肉。
ユダヤキリスト教文明から生み出された双子の赤子のような、資本主義とマルクス主義とは、現代社会においてついに「一元集約化」したのである。
資本主義が「グローバリズム」という名の共産主義を実現するという。これも彼等の無意識の「意図」か。
一神教の呪いなのか。あるいは神の怒りか裁きなのか?

