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『大和心』を失わないために

平成31年3月23日 日本文明・神社・神道
ヘルマン・フォン・カイザーリンク
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竹本忠雄氏の『大和心の鏡像』という著作には、日本を訪れ日本を理解し愛する多くの賢人たちの言葉がちりばめられている。

彼らが、日本というもの、日本文明というものの本質を理解したとは言い難いにしても、元来、自らの文明を意識し、言語化することを得意とはしない私達にとって、彼等の言葉は、「自らの意識化」を進める上の端緒となることは間違いない。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、明治37年(1904年)、『神国日本』の中でこう述べている。

「日本は『個人主義の福音』を躍起になって求め、多くの敬虔な信徒がキリスト教への改宗によって個人主義導入の役割を十分に果たすだろうと言われているが、、、、そのようになったならば、それこそは、この国の萬世一系の皇統の尽きる日だと私は信じている。」

日本におけるキリスト教は浸透せず、室町末期から今日にいたるまで、人口の1%に満たない。しかし、今後移民の増加によって、キリスト教人口は増えるだろう。そうならずとも、日本という国家・国民、天皇・皇室・皇族が自ら日本文明というものの保持と体現と証明を怠れば、日本文明はやがて自滅の他ない。

戦後、日本人の「西洋化」がさらに進んでいる今日、自らの文明の価値というものを自らがどれほど意識化できるか、ということがこれからの日本人に課せられた使命であると私は信じている。

また、リトアニアの名門貴族であり、哲学者でもあるヘルマン・フォン・カイザーリンクは、『ある哲学者の世界周遊記』(大正8年-1919年)にこう書いている。

「日本は醇乎(まじりけのないこと)たる没我、非個人的な民族の国家であるにもかかわらず、極端なる個人主義的性格の西洋文明に完全没入したことによって、いまや、累卵(積み重ねた卵のように危うく不安定なさま)の危うきに立っているといえよう。西洋文明の外側は、たしかに利用価値十分で、日本は、あっぱれ、この事実を証明した。しかし、もしも西洋文明の精神までが余りにも早急に日本人の心底をもつかんだならば、その結果は、目を覆うばかりのものになりかねないのである。

日本人はまだ、各人が個々の動きを持しつつ全体方向へと進んでいく域にまで到達していないし、彼等の知性は、祖国との心身一体感をもって表す以外の形而上学的表現を見出すに至っていない。

もしこのような民族が素朴な村里のこころ、いにしえの都の高雅を失うならば、その統一性は亡びるのほかなかろう。古き日本の精神―『ヤマトダマシヒ』を私は言っているつもりである。ひとたびこの精神を失った日本人は、すべて、薄っぺらな、へどをもよおさせるような人種となること、必定である。」

さて、大和魂とは、素朴な村里のこころ、いにしえの都の高雅、であるかどうかはともかくとしても。

カイザーリンクの言葉は多くの示唆を私達に与える。この言葉が発せられたのは、戦前の大正初期である。この頃から昭和初期にかけて、明治維新後の「西洋化」による、日本人精神のほころびのようなものが表面化し、それに対して危機感をも感じつつ、「日本人とは何か」「日本文明とはどうあるべきか」について多くの日本の知識人たちも議論した時代である。

復古精神のようなものもあらわれた。しかし、終戦後、日本人自身の、これらの問いかけは、高度成長期の到来に伴い、しだいに廃れていく。

さて、多くの西洋人が、日本人をして、非個人的、集団的で自意識の覚醒が遅れていると見たが、今現在はどうなっているのか。

恐らく、多少の変化はあるにせよ、それほど大きくは変わっていないように思われる。

近年になってようやく、日本人自身が、自らの文明・価値観の重要さを意識し始めたが、これは、大正期に、日本人が西洋化の波に呑まれようとしていた際に起こった危機意識に似ている。

とはいえ、大正期には、まだまだ「日本」は存在した。しかし、現代においては、それは極めて委縮してしまっている。現代日本人の危機意識は、大正期のそれとは似て非なる「生存の危機」に近いものだろう。

また同時に世界の価値観の変化もある。西洋文明の綻びがもはや決定的になっている今日。新たな価値観を見出す必要にせまられている、と言う側面もあるだろう。

しかし、日本人は相変わらず「没我」な民族性である側面は変わらず、しかしその長所もまた、いまだ滅びずにいるということも、ある程度事実なのかもしれない。

西洋化の波にあらわれた「没我」の人々が、薄っぺらで、へどをもよおさせる人種とならぬようにせねばならない。

そのためにも、自らの意識化、自らの価値観、自らの文明というものの意識化と普遍化、ということは必要なことであり、現代日本人に課せられた使命でもある。

意識化と個人主義は繋がりがあるが、「没我の意識化」というのは、宗教学的に言えば、「聖者の域」に達したものの状態を言う。

さて、日本人はそれをしなければならない、ということになる。

日本人は宗教的な民族ではない、というのも西洋人のステレオタイプの言葉だが、それは彼等のような「理屈で宗教を語り、意識する」タイプの民族性ではなく、生活の中に宗教性が一体化しているのが日本人。

すなはちそれが日本文明の特質であるとするならば、日本人は知らぬ間に(没我か?)、聖人の意識を体現しているのだと言えば、あまりにも自画自賛となるだろう。

しかし、子供の心は神の意識に近いとよく言う。

「子供の純粋なる(醇乎なる)意識」は、自我に目覚めれば失われる。だから「没我の意識化」は聖者の域ということになるのである。

(写真:ヘルマン・フォン・カイザーリンク)

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