「女性でもいいですか?女性で何が悪いんですか?差別ですか?」
先日ある知人と話していたら、その人がこういうことを言った。
「俺の種を天皇家に入れてやる。そう考える奴が出そうだな。」
はなはだ不敬な表現ではあるが敢えて書いた。
男というものはそういうやましさのある生き物だ。女性の場合こういう考え方はしない。あるいはこういう考え方にはならない。
これは男女の不思議な生理の違いだと思う。理屈ではなく本能に根ざしている。
男系天皇というのはそういう「やましさ」を除去する意味合いもある。やましさは国の乱れにもつながる。
そうなると男というのは、「俺も俺も」「俺が俺が」となる。そうなるとだんだん天皇家を尊敬する気持ちも薄れてくる。滅亡へのカウントダウンである。
男性の持つ社会性の構造を熟知しているからこそ古代人が経験や感覚や霊感から割り出したシステムという意味合いもあるのだ。
話を元に戻す。
そもそも女系天皇とは何かの説明をほとんどまともにせず、「女性」というワードや、雰囲気だけで凌駕し世論を誘導しようと意図しているのではないか。
令和に入って突然「一斉」と言わんばかりにメディアが女系天皇制を導入しようという意図に回ったが、しかしこういうメディア全体を方向付けする大元の勢力とは何なのか?あるいは誰なのか?
いまだにはっきりしない。
男系女子の天皇は史上存在するわけだから問題ないとして、女系天皇というのは古代からないわけだから。
男系天皇というのは、父方を辿ると天皇に当たるという意味である。
男系天皇とは、父親が天皇という意味ではない。
それは同時に日本神話からの一貫性という意味合いと整合性を持たせるという意味がある。
その辺りの重みを全く感じもせず、まるで自分たちのもののように動かそうとするというのははなはだ不愉快である。現代人ごときが。何様なのか?
まずは天皇というものの持つ意味。それをしっかりと国民が認識しなければ意味がない。
国民は戦後まともな天皇に対する知識も教育もないんだから、そんな人々の意見を珍重すること自体がおかしい。
国民の大半は、イギリス王室と天皇家を同列に見ているだろうという体たらくだろうし、その差も理解できていないだろう。
その差が理解できているかの世論調査も必要である。
前後の話を何も知らない人に、ただ、女性でもいいですか?女性で何が悪いんですか?差別ですか?と言われれば誰でも女性でもいいというのは当たり前である。
仮に女系を容認するとしたら、今後天皇は女性をたてることを基本とし以降一貫して女系天皇が継承するくらいの覚悟が必要であると私は考えている。
薄っぺらい気分や見識で、文明を愚弄してはいけない。

