少しかけ離れた話から、
日本人はこれから日本の伝統や歴史の中から新しいものを生み出し、価値観を再構築する必要がある。
米国の現状についてある書物にいわく、
世界一低賃金労働者の多い先進国は米国である。
黒人やヒスパニック及びあらたな移民(アジア系を除く)のほぼ大半は一生低賃金労働者のままで教育水準は低く、まともな医療を受けることも不可能である。いずれも非常に金がかかるからである。
米国で学歴のない者が高給にありつくことは日本よりもはるかに難しい。
近年は白人の「中流」と言われる層が崩壊し、ウォルマートで買い物することもできず100円ショップのようなところですら客足が遠のいているという。
白人社会の中においてすら格差が広がっている。しかし、IT業界だけは能力・才能・運があれば誰でも成功できる分野だと言う。
このような現状下、トランプの登場は必然だが、それについて日本のメディアは、当初大した報道もせず、彼を頭の悪い、下品な男だとか、米国内の主要メディアの「風説」を垂れ流すことが大半であった。そういう報道も、最近は随分減ったけれども、、、。
とは言え、主要メディアも、法制度に関わる官僚や弁護士なども、相変わらず、米国の価値意識の輸入に忙しい。
つい最近聞くところでは、〇〇ハラスメントだの。何だの。次から次へと下らない価値観を輸入して日本も米国化の道を歩もうと。否、歩まねばならないと。
「日本も世界の水準までいかなくてはならない。日本はまだまだ遅れている。」
彼等の社会は日本の社会の実態よりはるかに格差が激しく差別も大きく、彼等の価値観でいうところの「不平等」のままである。
そもそもスタート地点が非常に低い、ということに気づく必要がある。歴史に学ぶことは重要である。その意味で彼等の歴史を学ぶこともまた重要であろう。
米国が移民を受け入れてきた経緯と結果、目的とは結局何だったのか。差別撤廃や「不平等」解消のための大義名分であったはずだが。自由と平等の国とは、結局幻想に過ぎなくなった。
南米など、移民元の国家もさらに疲弊して、俗に第三世界とか開発途上国とかいう国家群もそれ以上のものになることもない。特に中南米はひどく、永遠に途上国のまま疲弊していくだけのようである。
日本の知識人などは、西洋社会の上層の人間と関わることが大半で、それ以外の「階層」の生活や価値観に触れることはない。だから彼等の本当の社会構造やあり方を理解していない可能性がある。
ロビイストとは贈収賄の合法化であり、企業経営者の私服を肥やすための手段に過ぎないのだとか。経営者の倫理観の崩壊も甚だしい。
ターゲットというアメリカの中堅スーパーがカナダに進出した際、カナダのゼラーズという小売業を買収して、130店舗、18000人ほどを擁したが、カナダの商習慣に合わず、ほどなく全面撤退。全店舗閉鎖して全ての従業員を一斉解雇したという。
この時の当時の経営者グレッグ・ステインヘイフェルは、73億円ほどの退職金を受け取って逃走したが、従業員への退職金の総額は、67億円(一人当たり38万円)ほどであったという。米国ではこのような例が後を絶たない。
カルロス・ゴーンはまだましな方か。
米国と中華人民共和国はよく似た社会構造になってきている。
米国の金持ちの多く(あるいは一部なのだろうか?)は、「泥棒」と変わらない。考えてみれば、アヘン戦争の時代から西洋人はこんなものだったのかもしれない。
私達日本に暮らす者は粛々と日本の価値観を自らの歴史と伝統に学びつつ、かつ必要に応じて海外の知識をも採り入れ社会を構築していく必要がある。
大日本帝国憲法に先立ち発布された、五か条の御誓文には、
「旧来の陋習を破り宇内(世界)の通義に従ふへし」(第四条)
「智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし」(第五条)
とあるが、旧来の陋習は改めつつも、旧来の歴史の再検証が必要という意味では、この御誓文は当時としては、優れた内容ではあったが、時代の流れに応じて改変が必要になってきていると言えるだろう。
さて「禁秘抄講義」本文より
鈴鹿(5)
鈴鹿とは、和琴(わごん)の名器である。和琴は箏に似て短く糸六筋のものである。
鈴鹿は玄上と共に天皇家累代の宝物である。しかし、毎年の御神楽において何人もがこれを持つのは、鈴鹿は玄上ほどのいわれがないからである。
玄上、この琵琶を弾くことは至極のこととされるのである。
この和琴を鈴鹿と名づけることについて、階梯には、ある書(「ある貴族の抄」とあり)によれば昔伊勢の国鈴鹿の橋板でこれを造ったのでこう呼ばれたということが紹介されている。
また文治六年(1190年)、五社百首で、藤原俊成の歌に、
鈴鹿川桐のふる木の丸木橋これもや琴の音にかよふらむ
(鈴鹿川にかかる桐の木でできた丸木橋のきしむ音もまた琴の音に通じるものだろう)
とあるのが紹介されている。
(鈴鹿 了)
(写真:和琴 宮内庁式部職楽部 雅楽 2012年欧州公演HPより)
以下HPより転載
「わが国固有の儀式に用いる絃楽器で、倭琴と書く場合もあるほか、大和琴、東琴、6つの緒など多くの別称を持ちます。
細長い形をしていますが、頭部から尾にかけて広がっています。箏と同じく桐でできており、尾部には5か所の細い切れ込みがあり、絹の縒紐(よりひも)でできた「葦津緒(あしづお)」(絃を巻く緒)が装飾を兼ねてからげてあります。
箏とは異なり、爪を使用せず、その代わりに琴軋(ことざき)という、長さ約8センチほどの鼈甲製のピックを右手に持って弾きます。六絃から一絃に向かうアルペジオを『順掻(じゅんがき)』、その逆を『逆掻(ぎゃくがき)』といいます。順掻・逆掻ともに弾いた後、左手指で余韻を消し、特定の音の余韻を響かせるのが和琴の特徴的な弾き方です。
和琴は日本固有の楽器であったものが奈良期に外来した箏類の影響をこうむって変化し、現在伝わる形に落ち着いたといわれます。全長は約194センチ、横幅は頭部から尾にかけて広がっていき、頭部で約16センチ、尾で約24センチです。絃は絹製です。」

