戦後日本は北朝鮮の「非武装侵略」に無力であった
神社のお話とは多少内容が異なっているが、重要なことなので記載しておく。国際関係を見て行く上で参考になれば幸いである。
日韓の諍いもたけなわと言ったところだが、冷静に考えてみれば、現時点での韓国の状況というのは、戦略的に考えて、戦後日本の「平和ボケ」の帰結だと言えなくもない。
日本国内を見渡してみれば、主要メディアを中心とした朝鮮半島への「無限の愛」(フェイクも含む)か、それ以外の「嫌韓」という勢力分布でほぼ満たされた感がある。
しかし、相手が何者であろうと自国の国益や国土、文化文明の防衛という観点から、我々にその危害が及ばないように考えてさまざまな関係性を構築したり模索したり、先手を打つことは重要である。
戦後日本は、戦略的防衛の視点を自ら放棄して、米国になんでもおんぶに抱っこの幼児的体質からついに抜け出すことなく、令和に至った。
全ての「戦い」のカテゴリーを捨て去ることが「平和」であり、あたかもその「イズム」によって戦後日本の繁栄と平和が約束されてきたかのような「幻想」からいまだ完全には抜け出していない。
韓国の北朝鮮による戦略的「非武装侵略」が功を奏し、その完成形が「文在寅政権」だとするならば、その間日本は何もしてこなかったと言われても文句は言えまい。
朝鮮人の「反日・侮日的気質」は明治期にも存在したし、それを朝鮮の支配層が自らの権力地盤を固めるために利用することは文政権以前からあるが、現政権は韓国という国土を日本の影響下から完全に引き剥がして、統一朝鮮を北主導で完成させるために出現した政権であることが明確であるという点において、盧武鉉政権と並び「特殊性」が強い。
武力による防衛と共に非武力による防衛というのは古来孫子の用間篇に語られている通り、極めて重要な要素になる。
戦後韓国の支配層は、日本人と会うときは、
「韓国の今の発展があるのは日本のおかげです。戦前は良かった。」
などと口にするが、自国内に戻ると強烈な反日政策をとったりしてきた。
これは一種の用間戦略であって、シナ人ほど卓越してはいないが、こういう策を「用日」(日本を利用する)と言っているようだ。
仲良しか喧嘩(あるいは嫌いです的な)かの二種類の「方策」しかない日本の戦後国際関係のあり方から脱却して、より洗練された外交方策は必要であるし、今年に入ってからの日本外交はようやくそれらしい姿を見つめつつあるように思われるが、まだまだこれからという気もするし、気を引き締めて諸外国と関わって行くべき重要な段階にあると言えるだろう。
なお、上記の話は、個々人が行う人間関係には当てはまらないことを付記しておく。日本人はこれを混同する者が多い。だから足元を見られて変な勢力に取り込まれる日本人が後を絶たないのである。
なお、孫子「用間篇」には以下のようなことが記載されている。以下関連サイトから転載。
間者の使用法には五種類ある。「因間」「内間」「反間」「死間」「生間」である。
これら五種の間者が同時に諜報活動を行い、互いにその存在を知らないことを「神紀」と言い、君主の宝である。
* 因間は、敵国の民間人に諜報活動をさせるものである。
* 内間は、敵国の官吏に諜報活動をさせるものである。
* 反間は、敵国の間者に諜報活動をさせるものである。
* 死間は、虚偽の軍事計画を作り、別の間者がその情報を敵に漏らして、敵を欺くものである。
* 生間は、敵国に潜入した後、生還して情報をもたらすものである。

