ここ数日、生きるということはどういうことか、などということが脳裏に繰り返し浮かんでいた。
それは自分自身のこともそうだが、生命全般のことも含んでいる。
もちろん答えは得られないままであったが、伊勢内宮で手を合わせて後、柵の前からじっと本殿を見ていると、やがて
「鎮まってゆくことだ」
言葉が充満した。
本殿一帯に、そしてその奥に漂う、あるいはそれらを包み込む圧倒的な静謐感。
しかし、そこにあるものといえば、何も語らず、何も考えず、一分の隙もない「完全」の如く鎮まっている。
その存在感も意義も圧倒的であった。
人の魂は完璧な世界をそこに見いだす。
「なにがおはしますかは、、、」

