椿大神社の「御清めの御砂」は、猿田彦が鎮座していた高山(たかやまー入道ヶ嶽)、短山(ひきやまー椿ヶ嶽)の山の砂が使われている。
高山、短山と言えば、大祓詞に出てくる言葉である。
人々の罪穢れが降り積もった時「天津祝詞の太祝詞事を宣れ(アマツノリトノ フトノリトゴトヲノレ)」と祝詞を奏上することになるが、その時、天津神は、天の岩戸を開いて、八重雲をかき分けて、その祝詞をお聞きになり、国津神は、高山、短山に登ってその祝詞をお聞きになるのだと大祓にある。
大祓の高山、短山が、入道ヶ嶽と椿ヶ嶽を意味するとは一般的に言われていないが、もしかすると深い関係があるかもしれない。
出雲の佐太神社には、神集いの神事がある。佐太神社の主祭神は、佐太大神だとするならば、猿田彦ということになるだろう。
佐太神社の後方は伊弉冉命の御陵だとされ、その前方に社があるのだが、その神社の名前が佐太神社というのは不思議であり意味深でもある。
出雲佐太神社の神在神事は、旧暦十月の神無月に、この神社に八百万の神々が神集うから「神在の社」と言われるが、神集いに猿田彦が関係しているとするならば、入道ヶ嶽(高山)と椿ヶ嶽(短山)にあった猿田彦の神霊を遷し奉ったのが椿大神社であるという由緒によれば、大祓にある、国津神の神集いの場所、高山、短山が当地であると考えてもおかしくはない。
椿大神社の地まつり(地鎮祭)は、方災解除、厄払・土地家屋敷国土の御守護の霊験あらたかとされている。
また当社の特殊神事として「獅子神御祈祷神事」があるが、これは日本最古の獅子舞とされ、修験道の元祖、猿田彦大神の神孫行満神主が創始されたもので、天、地、人、四方、八方を祓う神事であるという。
これらの由緒をまとめると、当神社が「神集い」と日本における国土浄化・鎮護において極めて重要な位置付けにあることは間違いなかろう。

