仮にこの世界の、いやあるいはこの世界すら無視するほどの巨大な世界の真理が一つあったとしても。
我々人間の魂は、それの細分化された欠片(かけら)の一片にすぎない。
私たちが、唯一の「真理」を直接に、直に、同じ形態で認識することは50000%ないだろう。
したがって、人間が共通の真理を共有できる可能性は低い。そう考えるものは幻想的人間でしかないだろう。
であるならば、おのおの知覚した真理は「固有」の「部分」でしかなく、私たちがそれを認識したとして、それを一般社会に表現してもそれは真理のかすかな部分を表現する一形態でしかないだろう。
真理は一つと言っているような人間は意識レベルの低い、なおかつそれで人を自分の思想や思考に同化させたいと考える視野狭窄症である。
人の魂は欠片(かけら)に過ぎないと考えることは重要である。
かけらだからその認識・意識も極めて部分的でしかないだろうと。
全体と知覚した「真理」は部分である。

