世界が世界がという人達
和暦(元号)なんていらない。不便だから使わないようにしてはどうか。
こういう人がいる。そういう人の主張は大概、世界では西暦が標準なのでそれでいいではないか。
そういう感じのものが多い。
女系天皇を容認すべきと言っている人と和暦はいらないと言っている人には共通点がある。
「世界基準だから。」
この人達のいう世界とは、よくよく分析してみると「西洋」もっと言えば「白人」というにすぎない。世界世界と言っている割には視野が狭いのが特徴だ。白人でもないのに白人至上主義とはいかがなものか。
もちろん自分達はそうだ、という意識すら大概は抱いていないように見える。こういう人達は「無意識」に「西洋化」された人達である。
西暦はキリスト暦でキリストが生まれたとされる日を基準としているのは言うまでもないが、そもそもキリスト教信者でもなく、キリスト教文明圏にいるわけでもない日本人が本来使うべき暦ではない。
よくよく考えてみれば「屈辱的」なはずである。
世界には、イスラム暦もあるし、日本だって日本紀元の暦(皇紀)も存在する。今年は皇紀2679年となっている。支那にも元号がかつてあったが、共産化してなくなった。台湾にはまだ独自の暦がある。
支那は、中華人民共和国になって自国の文明を捨てたのである。彼等は今となっては西洋化され西洋人の思想に飼いならされた人々になった。
マルクス主義を国の根幹に据えるなど言語道断だが、日本の左翼系譜の人々も結局西洋流のマルクス主義あるいはその系譜の思想を自分達のアイデンティティーにしているから同じようなものだ。
男女平等の社会に女系天皇がないのは時代遅れだ、世界に対して恥ずかしい、などというが、それを言う前に、ローマ教皇に女性がいない。神父に女性がいないことをまず先に言うべきだろう。
こういうことを言う人達を見ていると、自国のアイデンティティーを失った戦後の「日本国憲法型」人間の典型にしか思えない。しかも彼等に共通しているのは、「西洋化された自分達」を自ら認識すらしていないということだ。
このような、無自覚の白人コンプレックス型日本人というのは多いのでないか。
そもそも現代人の生活というものは、否応なく西洋化されてしまっている。住居にも畳は消え、ふすまはなくなり、衣服も和服を着ることはほとんどない。驚くべきことに現代日本人の半数以上はパン食がメインらしい。これだけ見たらもう完全に「奴隷」である。
そんな中でも日本人自身が、日々の生活の中で自らの文化文明というものを意識することすら忘れてしまったら、もう日本はなくなったと同じだ。
「それでも平気な人達と私は口を聞きたくもないのである」
とは三島由紀夫の遺言であった。
別に今の生活スタイルを脱ぎ棄てろとは言わないし、そう簡単にはできないだろう。しかし、魂の根幹には、日本人である以上、日本文明を根付かせておかないといつの間にかこの国は魂まで乗っ取られるようなことなるだろう。

