.中国や朝鮮の古代史書は信憑性が低いか
いわゆる中華思想的価値観からすれば、その時代の政治的権力に都合の良いように歴史を書き換える傾向があることは間違いなさそうだ。
しかし、古代において、日本という地域は、彼等にとって政治的影響力の外側のエリアであり、野蛮人扱いすることはあっても、日本の歴史や知り得る情報を歪曲したり、捏造したるする必要性はほとんどない。
遠い地域の話を興味深く、可能な限り真実を知ることができるよう、聞いた話、一般的に言われている話、当時日本へ行った人の話を記載しただろう。
勘違い、記憶違い、人づての経過の中で話が変わっていく、人や名称や距離方角の間違い、話の前後や重複、これらはあるだろう。江戸時代初期頃に、当時の日本について書かれた歴史的記述に齟齬や重複があることからしても想像できる。
また、日本についての話として書いていることが、ある特定の地方のことであったり、特定の部族や氏族の風習であることもあるだろう。
現代の中国人についてもそうだが、政治的な事情が絡まない事項に関しては、自分にとって都合が悪い話でも、良いものは良いと認める傾向が強いところから考えても、当時の日本の事情に関する記述に嘘や作り話をあえて記載する可能性はほとんどないものと思われる。
朝鮮の古代史書について。
統一新羅以前は、半島南半分エリア一帯が日本人やその他諸部族・民族との共生エリアであって、地域内での勢力争いが盛んであった。
三韓及び百済や新羅については、日本及び日本人(表記上は倭人あるいは倭種)との関連性が高く、現在の当該地域とは民族的、種族的構成比が大幅に異なっていた。
三国史記の記述や古代史蹟に刻まれている歴史的記述からもそのような実情をうかがうことが可能であり、現代におけるように、ことさらに話を捏造したり作り話を書いているようには見受けられない。しかし、多少の誇張や未記載の事項はあるだろう。
中華思想が大量に流入する李氏朝鮮以前の段階において、日本との関係については比較的フラットな感覚で接していたと考えていいだろう。しかも今日のような極端な反日になったのは少なくとも戦後以降のことである。
三国史記が完成したのは、高麗時代の1145年と考えられており、元寇が起った1274年よりも以前であることから、三国史記完成当時の朝鮮半島と日本には大きな政治的利害関係は存在しない。
写真は、高句麗好太王碑(wikiより)。この碑は現在の朝鮮領内にはなく、中華人民共和国吉林省内にある。
以前この碑文が日本陸軍によって改ざんされたという噂話があがったが、偽りであったことが実証されている。
朝鮮領内にこの碑文があったら破却されるか改ざんの危険性が高かったであろう。

