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    もう一つの人生 もし北朝鮮に拉致されていたら

    令和2年5月1日 コラム
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    1970年代の前半。まだ自分が小学校の低学年か幼稚園の頃だと思うが、鹿児島の指宿で不思議な経験をしたことがある。

    その時の経験は鮮明だが、近年それが北朝鮮の拉致事件に関わりがあるのではないかと感じるようになった。当時、指宿の自分が宿泊したホテル周辺で拉致事件があったことを知ったからである。

    自分が、もしあの頃、北朝鮮に拉致されていたら、今頃朝鮮半島で死んでいたか、生きていたとしても、まだあの恐ろしい国家のどこかで寒々と暮らしていたかもしれないと思うと、人間の人生というのものは、ささいな選択肢の連続だが、双六のように複数の結末が用意されているのかと思うと、自分というものの存在の何たるかを改めて感慨する。

    2020年5月1日時点、このホテルは存在しているが、数年前に行った際は、中国などからの観光客を主にしていたように思われ、今回のコロナ禍を生き抜けるのかと、ふと思い出しこの文章を書いた。

    以下は、2013年に自分がこの時のことを書いた文章に多少手を加えたもの。

    ———————————————–

    1970年代の前半頃、当時住んでいた名古屋から九州へ旅行のため、「サンフラワー」というフェリーに乗り、鹿児島へ向かった。当時は名古屋か大阪あたりから、高知→鹿児島へ向かう航路があった。

    薩摩半島の南端にある、指宿温泉のとてつもなく大きなホテルに宿泊した。

    実は、昨年旅行で指宿を訪れた際、30年ぶり以上で、その場所を偶然見つけ、訪れる機会を得た。「指宿いわさきホテル」というホテルであった。

    日本の高度経済成長の権化のような超巨大なリゾートホテルで、今は温泉地自体が斜陽を迎え、中国人向けの観光ビジネスに力を入れているように思われた。

    自分が幼い頃、訪れた際にはオープン間もなく、人が建物内にあふれ、喜びと活気に満ち溢れていた。「ジャングル風呂」という施設があり大きな植物園のような建物にいくつもの温泉があったり、夜になると、ハワイアンのショーがあり巨大な屋外劇場で千人を超える人達がショーを楽しんでいた。そんな時代だった。

    幼い頃、両親は、私を頻繁に旅行に連れてくれたが、宿泊先の娯楽施設で遊ぶのが楽しみで、この時は、遊園地のように巨大な娯楽施設に行き一人で遊んでいた。

    しばらくすると、30〜40代の男性が私に声をかけてきた。

    「坊や、一人で遊んでるの?」

    私はそうだと答えて、そのまま、射的なようなゲームに熱中していた。するとその男性は、

    「とても良い子だね」

    と言って、1ゲーム分くらいお金を出してくれた。しばらくするとその男性は姿を消した。

    その後すぐ、別のゲームをしていたところへ、今度は20〜30代くらいの女性が近づいてきた。先ほどの男性と同じようにゲームのお金を出してくれ、いろいろと親しげに話をしてきた。

    またしばらくすると、先ほどの男性が再び現れ、女性とは同行者で、捜していたところ偶然出くわしたといった感じの言葉を交わすと、私は二人に囲まれながら、しばらく、ゲームをして遊んでいた。

    その間、二人はしきりに調子良くスムーズな話し方で、私のことを褒め、幼い自分は、いつのまにか心を許していったことを記憶している。

    その後、10分から15分くらいであろうか、突然、父親が自分を迎えに来た。いつもはそんなことはないのだが。いつもは、遊び終えると、自分で部屋に戻るのが常であった。

    その日はどういうわけか、父親がすごい勢いで私を連れ戻しにきたのであった。何故かすごい形相であったことを記憶している。

    その直前、二人のうちのどちらかが、

    「おい、来たぞ」

    という言葉を発したと思うと、あり得ないほどの素早さでさっと立ち去り、自分が後ろを振り返った時には、二人の姿はどこにも見当たらなかった。

    視線の先の向こうのほうに、父親が怒り顔で私の方へ真っすぐに近づいてくる姿が見えた。

    子供心にも「おい、来たぞ」という言葉がただならぬものであることを思わせ、その尋常ならざる雰囲気によって、終生忘れられない記憶となって焼きついた。

    父親に二人のことを話した。ゲーム代を払ってくれたことなど。しかし私の話は全然聞こえていない風で、

    「もう帰るぞ!」

    と有無を言わさぬ。仕方なく部屋へ戻ったことを記憶している。父親にはこのような不思議な「能力」のようなものがあると感じたことが何回もある。何か本能的に危機を察知する能力のようなもの。

    今でもはっきりと記憶している。大人になってその記憶を辿った時の印象は、二人とも非常にメリハリのある、きびきびとしたしゃべりで、ある種鍛えられた軍隊的な、怪しげな匂いがした。
    子供というのは、案外危険を察知しているものだが、何となくその場を流してしまうものだ。

    2年程前、指宿で拉致事件があったことを知った。

    2011/11/18早朝、ネット上のニュースで偶然、横田めぐみさんの記事(生存可能性の情報)を見た。その時、彼女の生年が、昭和39年で、自分と同級であることを知り、その瞬間、鹿児島の記憶が蘇った。

    そして、他のページを検索していたところ、「特定失踪者問題調査会」の代表が指宿を訪れ、付近の海岸で起こった拉致事件を調査した際の記事を発見した。

    もしかしたら、あの時の男女も拉致犯であったかもしれない。ただの誘拐犯にしてはあまりにも突飛すぎる。金銭目当ての誘拐などで、誰かも分からない旅行者の子供を意味もなく誘拐する可能性は低い。

    そして今も決して忘れない、あの男女組の、非常に鍛えられたプロフェッショナルな、スムーズで機敏な物腰。今にして思えば当時普通にいる日本人の風貌ではなかった。

    しかも行楽地であるというのに、2人共かなりしっかりしたビジネスマン風の服装であったと記憶している。

    旅行から帰ると自宅には泥棒が入りめちゃくちゃに荒らされていた。この時の旅行は1週間ほどの長旅であった。侵入がかなり雑だったので指宿のこととは関係ないと思うが。

    しかし、指宿で彼等と話をしている中で、私がどこから来たか、親は何をしているのか、そのようなことを聞かれた可能性はある。記憶にはないが。

    上記の記事を発見した時、私の記憶を「特定失踪者問題調査会」宛に送った。代表の荒木和博氏から返信の連絡があり、確かにその時期に周辺地域で拉致事件が起こっている。可能性はある。何かあったらまたお聞きすることができるかもしれない。ということであった。

    以上

    (写真:指宿いわさきホテル HPより)

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