将門信仰にも関係あるのだろうか?
嵯峨天皇の御代、武蔵國豊島郷牛込の里に八幡信仰に大変熱心な翁がおり、ある日霊夢を見た。
「われ、汝が信心に感じ跡をたれん」
と。不思議に思い身を清めて井戸の近くに行くと、松の樹の上に美しい雲がたなびき、そこから美しい白鳩が現れて松の梢にとまったという。村人はそれを聞いてその松に注連縄をまいて祀った。
築土と言えば、九段下の築土神社を思い出す。ここは古来平将門の首そのものが納められていたという。大手町の首塚はどうなのかと思うが。
九段下はここから歩いても30分かからないだろう。築土神社は築土八幡の系列神社かと思うが、その歴史的経緯は今のところ不明である。
この神社も大東亜戦争で焼けてしまったが周辺住民の篤い信仰によって再建され、神社正面に本社がある熊谷組がこれを担当したらしい。
中央線のお茶の水から市ヶ谷付近にかけては、お茶の水に神田明神があるから古来「将門信仰」があったのではないか。
その意味でこの神社もその由縁のあるものかもしれない。



