自分の母方の家系について調べたことがあった。すると今まで聞いたこともない家の名前が出てきた。もちろん全く交流はない。その家系の子孫の方から話を伺おうと思い住所と連絡先まで分かった時、非常に驚いた。
自分が高校卒業までの10年以上の期間、暮らしていた頃の居所から歩いて数分のところに住んでいた。もちろんこの住所はお互いの先祖同志が出会った頃の住所とは全く違う場所である。
先祖調べをかなり詳しく行うとこのような常識では考えられないことはいくらでも起こる。
その家系は自分の先祖を三代遡れば出てくる家系に過ぎない。
自分から数えて一代前なら両親の氏名のみで2家系になる。祖父母まで遡ると4家系だ。祖父母を二代前とすると三代前は曽祖父母の代。
現代人は、先祖のことなど詳しく気にしないので、かなり自分の先祖に詳しい人でも二代前の4家系についての氏名を知っている程度のものだろう。
私のようにかなり先祖について詳しく調べていても三代前まで遡って8家系の氏名を全て知らなかったのだから。
ところが、この考え方を進めてたかだか10代遡っただけで、自分と血のつながりのある家系は1024家になると考えたことがある人がどれだけいるだろうか。
10代前と言うとだいたい江戸の初期から中期くらいと思われる。
逆に言えば、たかだかその程度遡っただけで、自分と関わりのある家系は1000家を超えるということだ。ここまでくると、それ以前は1代遡るだけで脅威的に増えていく。11代前で2048家、12代前で4096家というように。13代前でおよそ10000家系。13代くらい遡ると戦国時代くらいまでいくだろうか。DNA的に考えても、この10000家系と確実に繋がっているのである。
現代人は個人主義という考え方が浸透して、全てものごとは自分の意志で決定し選択して人生を自分自身でコントロールできていると信じている人は多いだろう。
私に言わせれば、このような考え方がいかに幼稚なものかと言わざるを得ない。
自分の目の前に置かれた選択肢を選択するのは自分だとしても、その選択肢が自分の目の前に置かれるにいたったプロセスは現代人的な解釈では「偶然」という単語で片付けられるかもしれないが、実際には全く違う。
個人個人が自分の先祖を調べれば調べるほど「偶然性」が驚きとともに低下していくことを実感するはずである。
そもそも「偶然」という言葉は理解不能な時にごまかし的に使われる単語に過ぎない。お茶濁しというやつである。
これは、人や土地との出会いにも関わる問題でもある。
日本社会は、他の、特に大陸的な国家社会に比して、あまり言葉や規則法則、あるいは政治的強権を必要とせず、「以心伝心」で社会が安定しているが、これと上記のこととは密接に関係している。
今でも日本人が無意識に神社に郷愁を感じるのは、それが自分の先祖の誰かと繋がることのできる空間であるからに他ならない。そこは自分と関わる多くの魂との交流の場でもある。
天皇家は万世一系と言われるが、誰でも父方の氏名のみを遡れば万世一系の家系図ができる。(養子などが入っていれば血のつながりは消えている可能性はあるが)
天皇家が万世一系であることが重要なのは、それが記紀の歴史と直結していることが証明される必要があるからだ。これが証明できない天皇家というのはもはや天皇ではなくただの王族、あるいは支配者家系の子孫に過ぎない。
日本国の成り立ちと天皇家と記紀との繋がりは一体であり、このような歴史を持っているのは世界で日本だけであるということを日本人はもっと「深く」「強く」認識する必要がある。
我々の先祖は地域の祖神(おやがみ)と繋がり、日本という国家あるいは日本文明は、天皇家という祖神と繋がっている。そして、祖神は祖神と繋がっているのだ。日本という国家が国家という単位で家族的な「以心伝心」で通じる社会であることの理由はこれにつきる。
江戸時代の初期に日本を訪れたオランダ人医師のケンペルは自身の著「日本誌」の中で、日本には世俗的支配者としての将軍と、宗教的支配者としての天皇の二つの支配者がいる、というようなことを語ったのち、以下にように書き残している。
「宗教的世襲皇帝の王朝(天皇のこと)は、キリスト以前の660年がそのはじまりである。この年からキリスト紀元1693年(江戸の初期、これはケンペルが当時江戸にいた時期のこと)にいたる期間、すべて同じ一族に属する114人の皇帝たちが相次いで、日本の帝位についた。彼らは、日本国の最も神聖な創建者である“テンショウダイジン(天照大御神)”の一族の最古の分枝であり、彼の最初に生まれた息子の直系である等々のことを、きわめて誇りに思っている。」
江戸以前の国民と天皇との関りについて、単なる過去の権力者の子孫でしかないとか、江戸以前はさほど重要な存在ではなかったとか考えている学者や知識人などが多数見受けられるが、古来より日本人が天皇という存在をどのように考えてきたかということをケンペルという外国人がいみじくも証明している。
我々一般の人間にとっては自分の家系の万世一系にこだわる必要はないかもしれないが、天皇家だけは別である。
これは日本という国家の成り立ちと文明の根幹に「不即不離」のことだからだ。
こういう認識の全くない学者や識者とかいう人間が、薄っぺらい、「西洋風の」「西洋にかぶれた」浅はかな「近代的見識」や判断で、皇室の今後の行く末を決めるようなことがあれば、それは国家を揺るがすような大惨事に直結する問題を起こすことにつながるだろう。
畏れを知らぬ者ほど恐ろしいものはない。
西洋人が一体我々の文明の何がわかるというのだろう。
我々が彼らのユダヤ・キリスト教圏の価値観や認識や意識を理解するのは難しいことと同義である。
日本という国のことを何も理解していない人の、勝手気ままな意見をそのまま正しいと受け入れた結果、自分の文明の根幹を破壊し、愚かにも、結果「薄っぺらく西洋化」することは、日本社会の不安定化や西洋社会に対する日本社会の優位性を失い、結果日本という国家も民族も西洋文明に隷従することに繋がる。
西洋文明を受け入れるということと、西洋文明に隷従することとは意味が全く違う。
西洋の王族などは、所詮支配者の末裔でしかなく、女系だろうが男系だろうが、その支配者としての職掌や資産が繋がりさえすればそれでいいのである。
しかし天皇家は違う。こういうことを全く知らない人々、理解できない人々が、公的な、社会に影響力のある場で「自由に」天皇家を語ったり、さらにはその行く末を勝手きままに決定するなどということは断じて許されることではない。
というより実際、そのような場合には、そのような人々に対して許されないようなことが頻発するだろう。

