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比沼麻奈為神社 伊勢外宮の大本の元宮

令和3年6月21日 神社巡り
比沼麻奈為神社 伊勢外宮の大本の元宮
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ひじのまないじんじゃ と読む。

伊勢外宮の大本の元宮はここであるといわれる。事実この神社地について指し示す古文書がいくつか存在している。

境内は、驚くほど美しく整理されており、社殿そのものよりも境内地全体の神聖性は極めて高い。地域の神社としてこれほど美しく整備された神社は滅多にないだろう。当社は明治期には官有地となった。

鳥居の前に立った時、手前の建物から古代の神官のような装いの仙人のような宮司様が出てこられて、周囲の清掃を行っておられるのが見えた。本殿前に賽銭箱がなかったので、参拝後この建物に赴いてお賽銭をお渡しすると、この神社に関わる資料をいくつかいただくことができた。

伊勢の外宮の御遷座を伝える最古の文献は、延暦二十三年(804)撰の『止由気宮儀式帳』であり、これは伊勢の神官から神祇官に差し出した正式の文書である。それによると、

「天照し座す皇太神、始めて巻向玉城宮に御宇(垂仁)天皇の御世、国々処々の大宮処を求ぎ賜いし時、度会の宇治の伊須須の河上の大宮に供え奉りき。時に、大長谷(雄略)天皇の御夢に誨(おし)え覚し賜いて、『吾れ高天原に坐して見し真岐賜いし処に志都真利(しずまり)座しぬ。然れども吾れ一所のみ坐すは甚苦し。加以(しかのみならず)大御饌も安く聞食さず坐すが故に、丹波国比治の真奈為に坐す我が御饌都神、等由解太神(とようけのおおかみ)を我が許に欲す。』と誨(おし)え覚し奉りき。時に天皇驚き悟り賜いて、即れ丹波国より行幸せしめて、度会の山田原の下岩根に宮柱太知り立て、高天原に知疑高知りて宮定め斎き仕え奉り始めき。是を以ちて御饌殿を造り奉りて、天照し坐す皇大神の朝の大御饌、夕の大御饌を日別に供え奉る。」

これを簡単に説明すると、第二十一代雄略天皇が、夢を御覧になった。その夢で天照大神がお出ましになり、

『自分は伊勢に鎮まったが、我が一柱のみならず、御食神(みけつかみ)も近くに祀って欲しい。丹波国の比治の真奈為に鎮座する等由気太神(豊受大神)を私の許に併せ祀れ。』

とお伝えになった。

延喜式神明帳には、丹波郡九座の中に、

比治麻奈為神社

がある。現在は、「比沼(ひじ)」となっているが、元は「比治(ひじ)」であったと思われる。これは以下の『丹後国風土記』(和銅六年(713))内の記述で明らかである。ここでは、この地における天女(羽衣)伝説についての記載がある。

「奈具社  丹後の國の風土記に曰はく、丹後の國丹波の郡。郡家(こおりのみやけ)の西北の隅の方に比治の里あり。此の里の比治山の頂に井あり。その名を真奈井と云ふ。今は既に沼となれり。此の井に天女八人降り来て水浴みき。」

この伝説では、この地域に暮らす老夫婦が、この天女の一人の衣服を隠して帰れないようにした。天女は老夫婦の娘のようにして暮らすようになる。天女は酒を造ることができたので、その酒で、老夫婦は大きな財産を築いた。

すると、老夫婦は天女に「もう帰れ」と言い、家から追い出してしまう。

「私は長い間、人として暮らしてきたので、天にも戻れず、親しい者もいません。暮らす場所もなく、どうすればいいのか。」

と言ってひどく哀しみ、

あまのはら ふりさけみれば かすみたち いへじまどひて ゆくへしらずも

と歌った。いくつかの村を彷徨いながらついに、竹野郡船木の里の奈具の村に留まった。これが竹野郡の奈具の社に坐す豊宇賀能賣命である。

『丹後国風土記』には以上のように記載されている。

竹野郡は同じ京丹後市内の丹波郡の隣の郡。延喜式神明帳には、竹野郡に十四座の記載があり、

奈具神社

が見える。

また、比沼麻奈為神社から直線距離で4~5kmのところには、大宮賣神社があり、ここの祭神大宮賣神は、皇居宮中三殿の八神殿に祀られている八神の一柱で、造酒司(みきつかさ)として奉斎されているが「酒」という意味で共通項がある。

伊勢外宮の豊受大神と宮中三殿の大宮賣神が同一神かどうかは不明。

御食神として伊勢に祀られたのは豊受大神(等由気太神)であり、宮中三殿に造酒司(みきつかさ)として奉斎されているのが大宮賣神であり、いずれも食に関わる神。また共に女神であることも共通している。

しかし、宮中三殿の八神殿には、大宮賣神と共に御食神も祀られており、この御食神が伊勢外宮の豊受大神と同一神だとすると、別の神ということになるが、神道において、極めて重要な二柱の神が同じ丹後半島に由来するとなると、この地域の重要性は非常に大きなものがあるだろう。

大宮賣神社についてはこちらより

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